「すみませーん!」

小さな本屋さんに僕―五十嵐悠―は店員さんに聞こえるように大声を出した。

(あれ?いないのかな?なら、入らないほうがいいかなぁ・・・?)

誰も来てくれないことに悲しくなりなが外にあったベンチにチョコン、と座った。


僕はつい先週、小学二年生になった。

進学する前はすっごく楽しみだった。お父さんのてんきん?で遠くにお引越ししちゃったから学校には誰も知っている人がいない状況からのスタートだ。

引っ越した所は前よりも都会で大きくて高いビルがたくさんあったし、通学する小学校も前よりもずっと大きくて。

どんな友達ができるかな?とワクワクしながら迎えた進級式。僕は初めて絶望、というのを知った。

発端は、学校で自己紹介の時間の時のこと。

次々と自己紹介をしていってついに僕の番。緊張しながら席を立って口を開く。

「僕の名前は五十嵐悠です。お父さんの転勤で引っ越してきました。好きなことはカードゲームで、好きなものは動物、特に狐が好きです。これから、よろしくお願いします!」

大きな拍手を聞きながら座る。その後も順調に自己紹介は進んで、あっという間に放課になった。

「なぁ、悠、だったよな?お前、カードゲーム好きなのか?俺も大好きなんだ!」

「・・・そうなの?」

放課が終わると同時に僕の席にきた男の子―朔くんーが「そうだぜ!」と笑顔で答えてくれる。

誰も知らない環境の中、その笑顔にすっごく安心した。その後も会話が進んで放課が終わる頃にはすっかり仲良くなった。

その後、教科書の確認とか、自分のロッカーの確認とかも終わって、すぐに放課の時間になった。僕は席を立ってトイレへと向かってその帰り。

「おい、朔。お前、カードゲームなんて好きだったか?」

ピタリ、とドアを開ける手が止まった。

幸い、近くには誰もいない。

聞いたらダメ。分かってるのに足が動かない。すると、中でハハッ、と笑い声が聞こえた。

「は?好きなわけないじゃん。あいつ、使えそうだから、めんのため?今どき、カードゲーム好きなヤツなんているわけないじゃん」

「そうだよなー俺もカードゲームなんて全然知らんわ」

「おい、あいつが来たら話合わせとけよ」

「分かってるって」

それを最後に彼らの話題は別のことにうつった。

(っ、僕、嘘、つかれたの・・・?)

お母さんの「嘘をつくのは悪いことだからついちゃダメだよ?」という声が頭の中に響く。

(さっき、大好きって言ったのは・・・なんで?)

白い紙に真っ黒な絵の具が落ちた時のように僕の心の中に真っ黒なシミができたような気がした。

あの後、教室に入って朔くんが話しかけてきたけど、さっきの「嘘」が気になって話したくなくて、誤魔化して一人でいた。


(はぁ、もう、やだな・・・)

あの衝撃の日から一週間。一日たつごとに「裏切られた悲しさ」が僕の心を真っ黒に染める。

相変わらず朔くんは僕に話しかけようとするけど放課の時間はトイレに行ったり、図書館に行ったりして関わらないようにしている。

でも、そのせいで同じクラスの子と話すタイミングもなくなって、いつの間にか一人でいることが多くなった。

(あの時、聞かなきゃよかったな・・・)

後悔しても遅いってことはわかってるけど、そう思わずにはいられない。

とぼとぼと一人で帰り道を歩いていると思わず立ち止まった。そこには僕にもわかるような日本語と簡単な漢字だけで書かれた看板があったから。

「えっと、本やさん、かいせいどう?ここから十ぽあるいたあと、右・・・!本やさん!」

そういえば今日読んだ本、続きがなかったな、本屋さんだし、この、かいせいどう、ってところにあるかも!と思いせっかくだしいってみようと看板をもう一回しっかり見る。


「十歩ね、よし。いーち、にー、さーん」

じゅっ、と歩いたあと一回立ち止まる。

(えっと、右は・・・お箸を持つほうの手!じゃあ、こっち!)

くるっと右を向くとうん。やっぱり道があった。てくてくと進んでいって疲れたなぁ、と思ったら小さな建物が見えた。

ここで話は冒頭に戻る。


(もう、帰ろっかな・・・)

二年生にとって、五分以上待つのは苦痛だ。

最初は真面目に座っていたがとうとう立ち上がって足元にあったランドセルと手に取った。

「ん?お客さん?」

高い女の人の声が聞こえたのはちょうどそんな時だった。

声がした方に視線を向けるとさっき僕が通った道からヒョコ、っと制服をきたお姉さんが顔を出した。

(髪が赤い・・・綺麗・・・)

そのお姉さんは特徴的な赤色の髪を高いところで二つのお団子にしている。えっと、この髪型、えっと、あ!そう!中国の女の人みたいな感じの髪型!

「あれ?キミ、小学生?マジ?ウチ、小学生対応するの初めてなんだけど!あ、とにかく入って入って!」

女の人のオレンジの目がキラキラと僕に注がれたと思ったら、手を繋がれて中に案内された。

「うわぁ・・・本がいっぱい!」

僕が届かないところまでいっぱい本が積み重なっている。ぐるぐると周りを見渡しているといつの間にかさっきのお姉さんの姿が見えない。

あれ?と思ったら僕のすぐ隣にあった通路からお姉さんがひょいひょいと手招きしていた。

「こっちこっち、座れるところがあるから」

その声に導かれていくと確かに椅子と机があった。

ちょっと高かったけどなんとか座るとお姉さんが僕の前にコトン、と飲み物を置いてくれた。

「はい、もう春だけど外にいて寒かったでしょ?ココア。勝手に用意しちゃったけど、飲める?」

「うん!」

家では滅多に飲めないご馳走に嬉々として口をつける。甘いチョコレートの味にホッと息をつく。

「お姉さん、名前はなんていうの?」

「ウチ?ウチは北原おうりっていうの。キミの名前は?」

「悠!五十嵐悠っていうんだ!」

「悠くん、ね。よろしくね」

「うん、おうりお姉ちゃん!」

その後は「今何年生?」とか「どこの小学校に通っているの?」っていう質問に答えていく。

お母さんに「知らない人に自分のことはあんまり喋っちゃダメ」って言われてたけど、なんかこの人は大丈夫なような気がした。

「ウチもそこの学校出身だよ!」

「そうなの?じゃあ、おうりお姉ちゃんは僕のえっと・・・」

「先輩?」

「そう!センパイ!」

「ふふ、かわいいなぁ・・・ところで、悠くん、なんで今日はここに来たの?」

その質問に答えるのをちょっと躊躇ったけどおうりお姉ちゃんなら、なんとかしてくれるんじゃないか、って思ってきた理由をポツポツと話す。

「・・・ふむふむ。なるほど。悠くんはその、朔くんっていう子に嘘をつかれて悲しい、ってこと?」

「うん。それもあるけど・・・嘘をつくことが悪いことって知ってると思うのに、なんで嘘をつくのかな、って、思って・・・僕は、嘘ついてないのに、って思うし・・・」

「なるほど・・・よし!悠くんのお悩みをおうりお姉ちゃんが解決してあげよう!」

僕の話を聞いたおうりお姉ちゃんが急に立ちあがて僕に「着いてきて!」と言う。

着いていくと少し広いところの床に大きな模様が書かれていた。

「うわぁ、カッコイイ・・・!」

素直に感想を伝えるとおうりお姉ちゃんがニコニコと笑う。

「これからもっとかっこよくなるよ・・・!じゃあ、悠くん、ここに立ってね」

「うん!」

おうりお姉ちゃんに言われたところに立つとお姉ちゃんは一人で模様の外にいってしまった。

「じゃあ、初めよっか。悠くんは本屋さんにきたんだもん。本を読んでもらわないと。さぁて、悠くんを呼んだ本は誰かな・・・?」

「本が、僕を、呼んだ?」

「そう。ここの本はね、読む人を選ぶの。選ばれた人しかここに来られないしね。じゃあ、そこから動かないでね」

お姉ちゃんが一度目を閉じて、それからまた開く。その後しゃがんて床の模様に手をつける。

するとその目はさっきよりももっとキラキラ輝いていて、それにお姉ちゃんの片耳についている飾りがピカピカと光り始める。

「うわっ⁉︎」

急に足元が光って慌てて下を向くと、さっきの模様がおうりお姉ちゃんの目の色にピカピカ光っている。

一瞬動きそうになったけど、さっきのおうりお姉ちゃんの言葉を思い出して踏みとどまる。

「さぁ、彼を呼んだ本はだぁれ?」

誰に言っているのだろうか。そう思っているとまるでどこかから声が聞こえたようにお姉ちゃんが薄く笑う。

「ちょっとキミ、結構気難しくなかった?キミが呼ぶこともあるんだね・・・」

(だれと話しているんだろう・・・?)

「はいはい、わかったよ・・・」

おうりお姉ちゃんが模様から手を離すとスッとさっきまでの光が消えて元の模様に戻った。

「じゃあ、悠くん、キミを呼んだ本のところへ行こっか。ほら、手を繋いで」

「うん!」

手を繋いでついていくとある本棚の前でおうりお姉ちゃんが止まる。

「えっと・・・あった!これ、ほら」

手渡されたのは薄い本。題名を見ると『金のおの、ぎんのおの』と書かれている。

「えっと、この本が、僕を呼んだ?本?」

「そう!さ、さっきの机に戻って読んでみて!あ、時間がないなら貸し出すこともできるよ!」

「ううん、ここで読む」

本を開くてひらがなだけじゃなくて漢字もちらほら。

「これ、僕だけで読めるかな?」

「読めるよ。大丈夫。この本が悠くんが読めるようにしてくれるから。ほら」

僕はその言葉を信じてページをめくった。


むかしむかし、あるところにまずしい木こりがいました。

木こりはまい日、お金もちのしゅじんにめいれいされてたくさんの木をきっていました。

ある日、いつものように木をきっていると手がすべってつかっていたてつのおのがとんでいってとしてしまいました。

「たいへんだ。おのがないと木がきれない」

あわてて木こりはおのをさがしますがどこにもありません。

「もし、見つからなかったらどうしよう」

さがしているうちに木こはりつかれて近くのみずうみで休むことにしました。

みずうみのそばにすわるときゅうにみずうみがピカピカとひかりだしました。

まぶしくて目をつぶった木こりが目をあけるとみずうみの上におじいさんが立っていました。

「わしはこのみずうみにすんでいるろうじんじゃ。そんなにつかれてどうしたんじゃ?」

木こりはこたえます。

「じつは、さっきおのをおとしたんですけど、どこにもなくて、さがしていたのです」

「おの?そういえばさっきみずうみにおのがおちていたぞ」

「本とうですか?」

「そうじゃ。おまえがおとしたのはこのおのか?」

ろうじんは木こりに金のおのを木こりに見せました。

「いいえ、ちがいます」

「なら、おまえがおとしたのはこのおのか?」

つぎにろうじんはぎんのおのを木こりに見せました。

「いいえ、ちがいます」

「なら、おまえがおとしたのはこのおのか?」

さいごにろうじんはてつのおのを木こりに見せました。

「あぁ、それがわたしのおのです。ひろってくれてありがとうございます」

ろうじんからてつのおのをうけとるとろうじんはニッコリとわらって、

「おまえはしょうじきものだから、この金のおのとぎんのおのもあげよう」

しかし、木こりはしっかりとくびをよこにふって、

「そのおのはわたしのものではないので、いりません」

そう言って木こりはじぶんおのだけろうじんからもらいました。

木こりはそのままじぶんのしごとばへもどっていきました。

そのようすをろうじんはほほえんで見つめていました。

さて、木こりがてつのおのをつかって木をきるといままでなんかいもふり下ろさないときれなかった木が一かいふり下ろすだけできれてしまいました。

おかげで木こりはいつもよりもたくさんのりょうの木をきることができました。

木こりがたくさんの木をもってかえるとしゅじんが、

「なんでこんなにたくさんの木をきれたんだ?」

と聞いてきました。

木こりはしょうじきに、
「みずうみにおのをおとしたら、みずうみにいたろうじんがひろってくれました」

とこたえました。

しゅじんは、

「わたしもよくきれるおのがほしい」
とおもいました。

つぎの日、しゅじんは木こりがいっていたみずうみにいきました。

しゅじんはもっていたてつのおのをみずうみになげます。

しばらくするとみずうみがピカピカとひかります。

ひかりがよわくなってしゅじんが目をあけると、木こりのときとおなじろうじんがみずうみのうえにいました。

「わしはこのみずうみにすんでいるろうじんじゃ。そんなにみずうみをみてどうしたのじゃ?」

「じつは、わたしのおのをこのみずうみにおとしてしまいました」

「ほう、おまえがおとしたのはこのおのか?」

ろうじんは金のおのをろうじんに見せました。しゅじんは、

「あの木こりめ。金のおのをもらえるとなぜいわなかったのだ」

とおこりましたがそんないかりがバレないようにしながら

「はい、そのおのです」

と、ろうじんにいいました。

すると、ろうじんはかなしそうなかおをしていいました。

「あなたはうそつきじゃ。このおのはあげることはできん」

ろうじんはそういってみずうみへかえってしまいました。


それいらい、しゅじんはなんかい、どんなおのでふり下ろしても木をきることはできなかったとか。


「あ、読み終わった?」

本を閉じるとおうりお姉ちゃんが僕の顔をみて笑った。

「うん!最後まで読めたよ!」

「よかった〜たまにその本いじわるするから・・・」

「いじわる?」

「あ、なんでもないよ。で、どうだった?読んでみて」

おうりお姉ちゃんの言葉に僕は僕が持っている言葉をたくさん引っ張り出して、言いたいことをまとめる。

「えっとね、木こりさんがお仕事が楽になってよかった、って思った!後ね、湖に住んでる老人さんがすごい、って!僕も大きくなって、お爺さんになったら湖の中に住めるかなぁ?」

「どうだろうね。他には?」

「うーん、あ!お金持ちのしゅじん!」

「うんうん。主人さんが?」

「欲張っちゃって斧が貰えなかったし、一生木が切れなくなって、なんでだろーって」

「ふふ、それはねー神様の仕業だよ」

「かみさま?」

「うん。神様。ウチや悠くんをいつもお空の上から見守ってるすっごい人」

「お空の上から・・・!いつか会えるかな?」

「どうだろう?でも、信じてればいつかは会えるよ、きっと」

「うん!」

「じゃあ、ウチが悠くんが神様に会えるようにおまじないをかけてあげる」

「おまじない?」

「そう。おまじない。神様はね、ウチ達の声はいつもは聞こえないけど、おまじないのときは、聞いてくれるの。ちょっと待っててね」

おうりお姉さんは椅子から立ち上がって次戻ってきた時には一枚の紙と鉛筆を手にしていた。

「じゃあ、ささっと書きますか。悠くん、赤と青、どっちが好き?」

「赤と青?えっとね、赤!」

「わかった。赤ね」

それだけ聞いたおうりお姉さんは何かを書いていく。しばらくすると書き終わったみたいで顔を上げる。

「じゃあ、おまじない、しよっか」

そう言って連れて行かれたのはさっきの模様の部屋よりももっと奥の部屋。

「ここは?」

「ん?おまじないをする場所。ほら、ここだよ」

おうりお姉ちゃんの指差した方を見ると僕の腰ぐらいの机の上にキラキラしたろうそくとか、おもちやみかんみたいな食べ物とかが乗っかっているのが見えた。

「すごい、キラキラ・・・」

「ふふ。じゃあ、悠くんはここでストップね。うん、いいこ」

言われた通りに立ち止まるとおうりお姉ちゃんは僕の頭をなでなでして一人で机の前まで向かう。そして耳にあった耳飾りとさっきの紙を机の一番手前に置いた。

「ふぅ・・・神様・・・」

僕にはあんまりよく聞き取れなかったけど、おうりお姉ちゃんがぶつぶつと何かを呟いているのだけはわかる。

三十秒ほどするとおうりお姉ちゃんは呟くのをやめて机の上のものに手を伸ばす。

「うわーお願いしたけどまさかこれが出るとは・・・」

おうりお姉ちゃんの手の中を見ると、そこにはお姉ちゃんの耳飾りと僕の手のひらぐらいの赤色の木の実があった。

そこにさっきまで机の上にあったはず紙は見当たらない。

「あれ?紙は?」

「あの紙はね、神様が読んでるの。代わりに、これをくれたよ」

「なぁに、これ?」

「これね、ザクロっていうの。美味しいんだよ」

「美味しいの?」

「人によるけどね。プチッてしてて、最初はちょっと酸っぱいけど、その後に甘くなるの」

「僕、酸っぱいの大好き!」

「そうなの?なら大丈夫だね。はい、あげる」

「ありがとう!おうりお姉ちゃん!」

「どういたしまして・・・あ、もうそろそろ帰らないといけないんじゃない?」

「・・・そう、かも・・・」

ちょっと悲しい気持ちになる。

「ねぇ、またおうりお姉ちゃんと会える?」

「うん。悠くんがここへの行き方を忘れない限り、ね」

「行き方・・・あの看板から十歩歩いて右に曲がる、ってやつ?」

「そう。それを忘れたら、悠くんは二度とここには来られないよ」

「・・・ん。僕、ちゃんと覚えておく」

「うん」

「後、この本屋さんのことはウチと悠くんだけの秘密。誰にも言っちゃダメだよ」

「なんで?」

「うーん、ウチにもよくわからないんだよね・・・でも、誰かに話したらもうここに来ることができない、ってことはわかってるんだ・・・」

「に、二度といけないのはヤダ!僕、絶対に誰にも言わない!ここのことは秘密にする!」

「ん、ありがとうね、悠くん」

「どういたしまして!」

僕は椅子の横に置いてあったランドセルを背負う。

「それじゃあ、おうりお姉ちゃん、またね!」

「うん、じゃあね」

僕が手を振るとおうりお姉ちゃんも振り返してくれる。それに嬉しくなってスキップでここへいくまでの道を走っていく。

「・・・本当は、あのおまじないは神様に会えるのじゃなくて・・・」

そんなおうりお姉ちゃんの呟きは聞こえなかった。


「ふふふん、ふふふん、今日は楽しかったなぁ〜」

ちょっと走りながら森の中を走る。今までの学校帰りの時みたいな悲しい気持ちはいつの間にかすっかり消えていた。

「楽しかったなぁ・・・って、うわぁ!」

「きゃっ⁉︎」

曲がり角まで来た瞬間、歩いていた誰かとぶつかってしまった。

「ごめんなさい・・・」

「ううん、わたしこそごめん・・・って、その、手に持ってるのって・・・」