夜色に身を包む男は、背の高い木の上枝(うわえだ)に座って足を組んでいる。穏やかに微笑んでいるが、作り物にしか見えない。外見からして高貴な身分に見えるが、果たして何が真実だろう。


 “希石”と呼ばれた少年は訝しげな視線を男に向ける。


「どこで俺の名を?」



 懐かしい匂いがする。この庭園の花の香りじゃない、何かの。


「風の噂で」

「……へぇ。そんなもので知って、どうして会いに来ようなんて思うんだ? ――それに。自分から名乗るのが、礼儀じゃねぇのか」


「それは失礼を。名乗るとするのなら、“終焉を呼ぶ蝶”でしょうか」


 全然悪気のない、嘘くさい笑顔。



 最初はピンとこなかったが、学園でその名を聞いた……まさか、“真実”だったとは。目の前にいるそれが。男の瞳は紫。儚げで美しく、桔梗の花の色に似ている。ミステリアスな髪型が印象的な、この不可思議な男が。





「――――目的は。わざわざ俺に会いに来た理由があるんだろう」




 もう、戻らないんだな。



 “希石先輩”




 少女の言葉が自分の中で、幾度となく反芻す
る。