「まあ、瑠璃ちゃんに意地悪していいのは俺だけってこと」
意味わかんない。
それなのに、どうしてこの人が言うと、説得力があるように思えるのだろう。
見えない力のようなものが働いている錯覚に陥る。
野愛は、カリスマ性が誰よりもある。
【皇帝】制度という時代にそぐわない制度でも、野愛がトップであることは納得せざるを得ない。
わたしが野愛を“ノア様”と呼ぶことは、今もこれからもないけれど。
野愛と話していると、近づきたいのに近づけない葛藤のような想いに駆られる。
奥が見えない。
真意が見えない。
だからだろう。
野愛という沼にハマって、抜け出せなくなるのは。



