長らく側で仕えたクロエを見捨て、レジーと内密に交わしていた約束をあっさりと反故にしたオーランドは、その足で王宮の外へと出た。

 遠くから喧騒が聞こえてくる。南側の楼門には革命軍や平民が集まっているのか、赤く染まる曇天に火と煙が立ち上る。

 それとは対照的に、この北門は人気がなく静まり返っていた。オーランドは跳ね橋を渡るや否や、茂みの奥に隠されていた一頭の馬に近づき、その手綱を引き寄せる。

「馬に乗ったことは」

 ジルをひょいと鞍に乗せながら、オーランドが尋ねる。咄嗟に首を横に振れば、彼は無言で後ろに跨がった。

 落下防止のためか、大きな外套ですっぽりと体を覆われ、荷物よろしく布の端を結ぶ。身動きがほとんど取れなくなったジルだったが、肌寒さと焦げ臭さが軽減されたことで、途端に彼女を眠気が襲う。

 加えて、背凭れ代わりのオーランドの胸が存外心地良いものだったばかりに、知らぬ間に疲弊しきっていたジルはすとんと眠りに落ちてしまった。


 ◇


「──久し振りだねオーランド。おや、その可愛らしい猫は? ……ああ、君が言っていた子か」

 まどろみの中、ひんやりとした風に乗って、知らない声がジルの耳に届く。

「なるほど。耳に視線が行きがちだけど、確かにクロエ姫と似ているね。レジーはこの子が王族の血を引いてるとは露にも思っていない様子だったが……その無意識の決めつけこそが、獣人への差別の表れだというのにね」

 穏やかで、春風のように温かい声音は、子守唄でも紡ぐように若き革命軍の長を嘲る。

「さて、長年ご苦労だった。君のおかげで上手く内乱を誘導できたよ。あの気性の激しいお姫様の相手は骨が折れたろう? 褒美はどうしようか」

 少しの沈黙が流れた。頬に当たる心臓の鼓動が、わずかに速まる。

「……ふむ、珍しい。いや構わないよ。なら追加でフォーサイスもあげよう。あそこは空が綺麗でおすすめだよ」


 ◇