クロエは何も言わないオーランドの胸ぐらを突き飛ばし、大股にジルの方へとやって来た。血走った目からつい視線を逸らしてしまえば、咎めるように首輪の鎖を引っ張られる。

 呻き声はかろうじて抑えた。苦しそうな声を出すと、クロエに「うるさい」と言って殴られるのが常だったのだ。

「お前、今の話ちゃんと聞いてたでしょうね」

 こく、と小さく頷く。

「初めて役に立つときが来たわね、ジル? お前が私の代わりなんて虫酸が走るけれど……忌々しいことに、半分はお父様の血が流れているもの。バレやしないわ」

 ジルの顎を乱暴に掴み、検分でもするかのように彼女の顔立ちを観察すると、クロエはにんまりと笑みを浮かべた。

「お前はいつも正統な王女である私を妬んでいたのでしょう? 高貴な血を引くお母様ではなく、卑しい獣人の女から産まれたことを嘆いて……あははっ! 良かったじゃない、最期はきちんと王女として死ねるわよ!」

 肩を強く押され、尻餅をつく。ジルはそれでも何も言わなかった。

 ──王女として生きたいなどと、思ったことはない。

 異国に赴いた国王が戯れに手を出し、あろうことか孕ませてしまったのがジルの母親だった。外見では分からなかったが、母は獣人の血をうっすらと引いていて、娘のジルにその特徴が色濃く現れたのだ。

 ジルの耳と尻尾を見た国王は、自ら手を出したことを棚に上げ、素性を偽ったと激怒し母を殺してしまった。そして残った赤子は、クロエの玩具あるいは奴隷として飼うことを決めたらしい。

 あんまりな人生だった。王族とはかくも惨たらしい行いを平気でする生き物なのかと、ジルは恐怖こそすれど羨む機会など一度もなかった。

 ──王族の血さえ流れていなければ、もっと自由で幸せな人生が送れただろうか。

 そんなことを考えては、クロエから振るわれる嘲笑と鞭を受け止める日々。今までの暮らしを思い返したジルは、この理不尽な苦痛が終わるならと、クロエの身代わりを承諾しようとしたが。

「あ……?」

 引き攣った声に顔を上げると、クロエが目を見開いていた。