「エリック、お前もそろそろ婚約者を決めないと……母上が煩いんだけど?」

 五つ年上の兄は王太子で結婚をしている。義姉となった人は侯爵令嬢で、潔癖な女性だ。兄に他の女の影があったら即別れます。とまで言った。貴族の男というのは金がある分別宅を作り、愛人を住まわせる事も少なくはない。

 父にも昔愛妾がいた。なんでも父の愛妾という女性は母の友人で没落した貴族の娘で形だけの愛妾だったようだ。王宮を去った後はお手当という名の退職金? で、仕事を始めた。そこで耳に入れた情報を母に渡しているんだとか?
 人に言わせれば情報屋とか? それでも双方に良い事なのでウィンウィンな関係と言うそうだ。

 元愛妾の女性は美しく優しい方で結婚はしていないし、今後も結婚することはない。と言っていた。父と母に恩を感じているから国に貢献したいと言っていたようだが今の暮らしが楽しいと聞いた。
 


「おーい、聞いているのか?」
 
「聞いていますし、分かっていますよ」

 兄を遣ってまで婚約させたいのか! 次は王太子妃である義姉を遣わせてくるのではないだろうか……それはそれで面倒だ。

「好きな子とか、気になる子とかいないのか? 私が紹介出来るのは他国の王女くらいなのだが……」


 一度母に誰でも良いからと言われたのでリュシエンヌの名前を出そうとしたのだが、先ずは見合いをしてからだと言われ、数人の令嬢や姫と見合いした。これが終わればリュシエンヌと婚約したい。と言うつもりだったのに……


 まさか婚約者が出来たなんて……悔しくて学園ではついリュシエンヌに目がいってしまう。私はリュシエンヌに憧れている。優秀で優しくて誰にでも平等で気遣いができて美しい。好きにならないわけがない。

 あの時に渡されたハンカチはいつも持ち歩いている。手縫の刺繍は恐らく自分で針を入れた物だろう。丁寧な仕上がりにリュシエンヌの性格が出ているように感じた。


「兄上は良いではないですか! 好き合って結婚したんですから。人柄も家柄も問題ありませんし」

 義姉である王太子妃は既に王子を誕生させているのだから周りは文句を言ってこないし、第二子懐妊中でもある。

「ん? そんな風に言うということは、エリックが気になっている相手は人柄か家柄に問題があると言っているみたいに聞こえるぞ?」

 ……面倒だなぁ。問題なんてない。家柄的に釣り合いが取れないわけではないんだが、リュシエンヌに声を掛ける勇気がない……きっかけを探していたらこんな事になってしまったのだから自分が悪い。婚約がなくなれば良いのに……なんて思っていたら神は存在していた!