「さっき呼ばれてませんでした?」

 飲みに行く途中で絵里が聞いてきた。

「ああ。研修レポートのことで。ちょっと手直し。」

「めんどくさいですね。」

「うん。」

 内密に、という課長言葉を思い出し、まだ黙っておくことにした。話を聞いた時に最初に頭に浮かんだことは我ながら馬鹿げている気がした。

 (営業なんて、服がないな・・・困った)

 異動の話の拒絶反応なのか。

 かといって別に今の仕事が気に入っているわけでも自分に向いていると思っているわけでもなかった。ただ慣れただけ。

 服装の連想から自分の今日の服装に思いあたり、急に落ち着かなくなった。コートの下の服はおよそ色気も何もないシンプルの代表のようなスタイルだ。

 アンゴラでもカシミヤでもない普通の黒いスタンドネックのセーターにパンツ。シンプルなトップスに映えるアクセサリーの類いは一切なし。

 いや、あった。

 今も未練たらしくつけているのは別れた元彼からもらった安物のリング。

 奈津美と絵里に見つかったら何か言われそうだ。私は2人に見つからないようにそっと外してコートのポケットに入れた。