伊吹が寝室から出てきたのはそれから3時間ほどしてからだった。
昨日一晩眠っていないのだからまだ眠っていればいいのにと思ったが、どうやら仕事で呼び出されたらしい。

慌ただしく出ていく後ろ姿を見送って、ヤクザも大変な仕事なんだなぁと変に関心してしまった。
でも、睡眠時間が3時間しかないというのは問題だ。

あれだけ傷だらけだと寝ようにも寝付けないかもしれない。


「そんなときには私の出番よね」


夏波はそう呟くと鞄を開いた。
伊吹が鞄ごと取り上げなくてよかった。

そう思いながら仕事で使う道具を取り出していく。
プラスチックの頑丈な箱を開けると、そこには沢山の小瓶が入っている。

ラベルにはラベンダーやフローラルなど、アロマで使われる植物の名前が記載されている。


「良質な眠りのために必要なのはラベンダーの緊張感を和らぐ香り。それにベグガモット、これはフルーティーな香りでシフレッシュ効果があります。最後はサンダルウッド。聞いたことないですか? 日本名は白檀です。これは不安を払拭してくれるんです」


夏波はまるで目の前に客がいるようにひとつひとつ説明しながら小瓶を並べていく。
小瓶の蓋を少し開けて香りを確認し、伊吹に合いそうな匂いをチョイスする。


「サンダルウッドかな」


夏波は小瓶をひとつ指先でつまんで、小さな脱脂綿に液体を染み込ませていく。