そんなとき夏波はすぐに自室へ逃げ込んでいた。
どうにか今まで母親の企みに乗らずに生きてきたけれど、借金のという形で母親の思惑通りになってしまったわけだ。


「どうした?」


伊吹の声でハッと我に返る。
自分の手には消毒液が持たれていて、傷の手当をしている最中だと思い出した。


「なんでもない」


短く答えて顔の傷に消毒液を塗っていく。
伊吹は痛みに強いようで少しも表情を変えなかった。

大きな傷にはカーゼを張って、小さな傷は消毒だけで終わらせた。
絆創膏をはろうかとも思ったのだけれど、傷が多すぎてさすがにできなかった。


「はい、完成」

「悪いな。それじゃ俺は寝るから」


伊吹はそう言うと寝室に入ってドアを閉めたのだった。