薄明に浮かび上がる街。
 冴えた空気を吸い込んで、明日菜はそっと白い息を吐いた。ちらりと隣を見れば、夜空よりも澄んだ瞳と目が合う。長いまつげに縁取られた瞳を細めて、ヒカリが首をかしげた。
「……どうしたの?」
「綺麗だな、って」
 駅前の歩行者デッキから空を見上げれば、美しい青から黄色のグラデーションが広がっている。そこに浮かぶ三日月は、薄明の寒空にふさわしいシャープなシルエットを描いていた。
「こっちに来れば、もっと綺麗に見えるよ」
 イルミネーションのことだと思ったヒカリは、明日菜の手を取って歩行者デッキをかけ出す。指先から伝わってくる彼の温もりと、自分の体温が混ざりあったような気がして、明日菜はひどくドキドキした。
「ね、綺麗でしょう?」
 宝石のような明かりをバックに微笑む美青年。
 明日菜は彼に、いつか憧れた王子様の面影を見た。エスコートされた明日菜はさしずめお姫様か。お互いそんな歳じゃないのに、それでも夢見てしまうのは、この幻想的な景色のおかげだろうか。
 晴れた日の夕暮れに、必ず訪れる魔法の時間。
 ――この瞬間を、永遠にさせて!
 明日菜はつい、愛用のカメラに手を伸ばした。
「いいよ、明日菜」
 ヒカリは煌めきをまとったまま、悠然とたたずんでいる。本当は今すぐ飛び込んでいきたい。だけど、動けない。手だけはぐっと力が入り、そのままシャッターを切った。構図、空の色、表情――全てが最高のタイミングだ。
「……『つい』なんでしょ?」
「なぜ、わかったんですか?」
「マジックアワー。明日菜なら、絶対逃さないでしょう?」
 どんなものも、綺麗に撮れる時間帯。日没後、辺りが金色に染まる時間をゴールデンアワー、青く染まる時間をブルーアワーと呼ぶ。
「……正解です。でも、それだけじゃないんですよ。ヒカリくんが、とても――」
 上目遣いで覗き込んでくる明日菜を、ヒカリはふわっと抱き寄せて囁く。
「綺麗だったから、でしょ?」
 ヒカリが照れくさそうに笑う。
「昔からだもん、わかるよ」
「……もう」
 明日菜は頬を赤らめ、マフラーに顔をうずめた。