風に吹かれ、薄紅色の花びらが空を舞う。
 少女は乱れた髪を直そうと軽く手を払い、桜並木の下を歩いていった。
 ただそれだけ。なのに、この胸騒ぎはなんだろう。
 ヒカリは少女――明日菜の後ろ姿をぼんやりと眺めながら、学ランの裾をぎゅっと掴んだ。
「明日菜先輩……」
 そっとつぶやく。自分とは思えないほど甘い声が漏れたことに、我ながら驚いた。
「寂しい……とは少し違うかな」
 この春、彼女が中学校を卒業してからは顔を合わせることもなくなってしまった。しかし、連絡先はゲットしたし、SNSでも繋がっている。寂しいなんてありえない。では、あのざわめきはなんなのだろう。ヒカリは先ほどの光景を反芻した。
 桜の花びらが舞うなか、風に吹かれて茶色がかった髪がふわりと揺れる。スラリとした彼女には、ベージュのブレザーがよく似合う。真新しいリュックとローファーも、ヒカリの目にはこなれて見えた。
「それに比べてぼくは……」
 なんの変哲もない黒の学ラン。身長が伸びてジャストサイズで着られるようになったものの、一年前とたいした変化はない。学校指定のスクールバッグを背負いながら、部活で使うものや辞書などが入ったエナメルバッグも肩にかけている。のしかかってくる重みに、自分がまだ垢抜けない中学生であることを思い知らされた。
「今までは、何も考えず隣にいられたのに」
 それが今日はどうだった? 桜の下を軽やかな足取りで歩く彼女に、駆け寄ることもできない。我ながらヘタレだな、とヒカリは自嘲気味に笑う。
 春風に乗って、憧れの先輩はどんどん遠くへ行ってしまう。息切れするほど走って、一生懸命背伸びしてでも追いかけるべきなのだろうか。
 好きな女の子は、二歳年上。それはわかっていた。
「中学生と高校生か……」
 辺りを揺らす風と散りゆく桜が、彼のため息も包んでさらう。