「あ、今日も更新されてる」
 アップされた写真には、幸せそうにパフェを頬張っている美少年が写っている。いいねを押して、少女は顔をほころばせた。
 写っているのは、アカウントの持ち主であるヒカリ。少女にとっては同級生にあたる。隣のクラスだが、話したことはない。そもそも、認知されているのかもあやしい。
 が、それでも満足だった。彼の投稿に、あざとい自撮りや構ってアピールはない。自然体なのに目を惹く、美しい彼を収めた写真たち。それは、眺めているだけでトキメキと元気をくれるのだ。
しかし、いつからだろう。画面越しの笑顔が、自分に向けられていると思い始めたのは。当然それは錯覚なのだが、少女は彼に夢を見るようになった。それは、 アイドルに『ガチ恋』するような、甘く幸せだが報われない日々の始まりだった。
 ある日の帰り道。少女は、通学路でヒカリを見つけた。夕焼けで赤く染まった空をバックに歩く彼は、それだけで絵になる。見とれていたら、突然彼は振り返ってニコッと笑った。
 ――え? 私?
 一瞬ドキリとしたが、それは勘違いだと気づく。彼の視線は、少女の斜め前にいる女子生徒に注がれていた。いや、彼女が構える一眼レフか。
「見て、ヒカリくん。 綺麗に撮れましたよ」
 嬉しそうにかけよる彼女は、まるで少女漫画から抜け出してきたような美少女だった。
「ほんとだ。やっぱり明日菜先輩はすごいです」
「そんな。モデルが良いからですよ」
 誰が見ても、相思相愛かつ、お似合いの二人だとわかる。
 あの笑顔は、彼女に向けられたものだったんだ。私じゃない。当たり前でしょ。彼は私のことなんて知らないもの。自撮りじゃないなら、撮ってる誰かがいるのは明白でしょう? ――真っ白になった少女の頭を、様々な感情がグルグルと駆け巡る。
 どれくらいその場で呆然としていたのだろう。スマホの通知音で我に返った。ヒカリのSNSが更新されている。先程の写真がアップされ、すでにたくさんのいいねやコメントがついていた。カメラマンへの賞賛も寄せられている。
 ヒカリは明言していないものの、カメラマンの正体を察している人は多い。撮影が得意で、ヒカリと親しい人間など明日菜しかいないのだ。
 ――それすら気づかなかった。バカすぎ……。
 最初から報われない感情だと、心のどこかでわかっていたはずなのに。
 少女の心を揺さぶったあの笑顔は、明日菜にしか引き出せない表情なのだ。私は彼女になれない。
 いいねを押そうとする手が震える。
 ――最初から、他の誰かに恋をしているヒカリくんが好きだったってこと、認めなくちゃ。
 少女は、ぐっと目をつぶって、いいねを押した。ずっとこの笑顔を見ることができるなら、二人を応援したい。そんな気持ちでのいいねだった。
 しかし、それは写真がアップされてときめく度に、失恋するということでもある。少女はため息をついて、天を仰いだ。
「少しくらい報われたかったな。いつもいいねしてるのに……せめて、フォロバがほしいよ……」
 ……まだしばらく、少女の苦しみは続きそうだ。
 行き場のない感情は、自分自身でかき混ぜるしかないのだから。