恋をしているのは内緒~報われないと知っているから~

「は? 伊月、なに言ってんの?」

 椅子から立ち上がった男性がこちらに近づいてくるのを視界の端に捉えた。
 幻聴だろうか。『伊月』と名前を呼ばれた気がする。
 人違いだと思いたいのに、男性が着ている薄いパープル色の洒落たワイシャツは、相楽くんが今日身に着けていたものと同じだ。

「なんでこんなところで会うんだよ」

 近づいてきた男性は私の左隣の椅子に静かに腰を下ろし、低い声で話しかけてくる。
 おそるおそる視線を上げてみると、その人物はどこからどう見ても相楽くん本人だった。人違いなどしていなかったのだ。

「相楽くんって、もしかして双子?」
 
 念のために一応確認すると、男性が天を仰いでアハハと笑った。

「俺は双子じゃないし、ちなみに男兄弟もいない」
 
「そっか。じゃあ、本当に私と同期の相楽くんなんだ……」

「当然だろ」

 とりあえずまったく知らない人に絡まれたわけではなかったことに、ホッと胸をなでおろした。
 とはいえ、未だに隣に座る男性があの相楽くんだとはにわかに信じられなくて、そっと様子をうかがう。

「あのさ、向こうで飲まないの?」

 今気がついたのだが、相楽くんは飲みかけのウイスキーのグラスとナッツの入ったお皿を持ってきてこちらに腰を据えている。

「俺が隣にいたら嫌なのかよ」

「そうじゃないけど、女の子たちを追い払ってたから……」

「逆ナンしてきたアイツらが嫌だっただけだ。同僚のお前はいいんだよ」

 どうやらひとりで飲みたかったわけではなく、見知らぬ女の子たちに気安く声をかけられたのが不快だったようだ。
 会話が途切れたので再びドリンクメニューに視線を落としたものの、左隣の存在が気になって仕方がない。