恋をしているのは内緒~報われないと知っているから~

 裏通りに連なった飲食店を眺めながら、来た道を引き返して駅へと向かう。
 彼のやわらかい唇の感触がまだ残っていて、至近距離で目にした整った顔も、たくましくて大きな手も、全部カッコよかったなと思い出しては顔が熱くなった。
 家に戻ったらシャワーを浴びて寝てしまおう。そして今夜の出来事はおかしな夢でも見たと思って忘れるのだ。
 先ほどのワルい相楽くんは私とは別世界で生きている人だから、この先関わることはもうないはずだと前向きに思考転換しよう。
 キスは事故だった。遊ばれたわけじゃない。そう強く意識していないと涙が出そうだ。

 とぼとぼと歩みを進めていると、裏通りから逸れた狭い路地に人影が見えた。
 背の高い男性と髪の長い女性のカップルなのだが、女性が時折「うぅ……」と声を上げて泣いている。
 その女性の身体を支えるようにしながらも、男性が両腕を回してしっかりと抱きしめていた。
 
 単にイチャついている感じではないなと考えつつ再び歩き出そうとしたとき、私はその男性が相楽くんだと気づいてしまった。
 つい先ほど私にキスしたあと、もう別の女性を泣かせているみたいだ。

 とんだ遊び人だなとガッカリしたけれど、すぐにそれは違うかもしれないと考えが変わった。
 グズグズと泣く女性を慰めようと、耳元で囁くように声をかける彼の表情は真剣そのものだったから。
 自分勝手に振る舞い、遊んだ挙げ句に泣かれて困っている感じには見えなかった。
 きっと彼女を本気で心配し、愛情を捧げているのだろう。
 本能的にそう理解した瞬間、鷲掴みされたように胸がギュッと苦しくなった。

 そうか、特定の恋人がいないというのも彼がついたウソだったのか。
 本命の彼女がいるのに、どうして気安く私にキスなんてしてくるの。
 そして結局は愛する恋人も泣かせているのだから、本当に相楽くんはワルい男だ。

 私はふたりから視線をはずし、足早に駅へと向かう。
 バッグからICカードを取り出し、ピッとタッチして改札を抜けたところで、ポタポタと大粒の涙がこぼれ落ちているのに気がついた。