子どもの人生にまで干渉し続け、都合よく扱おうとしてきた猪川夫妻にとっては、距離を取るのはいい薬になるのではないだろうか。
偉そうなことを言っているが、そのくらいの意地悪はされたと思っている。
当然ながら慰謝料請求は撤回され、私と要さんは晴れて誰にも邪魔されず一緒になれる身となった。

私は大地と暮らしたアパートを引き払い、荷物を処分して、持ち込めるものを広尾のマンションに持ってきた。一月のうちに互いの実家に改めて挨拶に行く予定だ。
要さんは忙しく社長業をこなしながらも、私と大地と家庭を作ることに積極的に動いてくれている。

「都子にもしその気があれば、岩切製紙に復帰するのはどうだろう」

要さんはそんな提案もしてくる。

「今、秘書は中杉くんが続投してくれているんでしょう」
「社長になってからは、親父の秘書だった渋井さんも一緒だよ。二人体制。都子に頼みたいけど、公私で一緒だとやりづらいこともあるだろう」

すっかり復帰するつもりで話しているけれど……。私はふふっと笑う。

「それって岩切都子の名前で勤めるわけでしょう。社長夫人として元の同僚と働くのは恥ずかしいですよ」
「俺は自慢したいけどな」
「そういうことではないでしょ。それに、急がなくていいなら、もう少し大地の育児に時間を使いたいです」