要さんは私を見つめ、言葉に詰まった。いつもの合理的で明晰な判断を、私相手にも見せればいいのに。肝心なところで情を見せる。
仕方ない人だと苦笑いして答えた。

「大丈夫です。あれきりのこと」
「そうじゃなくて」
「私は忘れます。だから、要さんも」

忘れてほしい。忘れてもらわなければ困る。
私の様子がかたくなに見えたのか、要さんはそれ以上の問答を諦めたようだ。
緩んだ彼の手を外し、私は一歩下がる。深くお辞儀をして、告げた。

「お先に失礼します。月曜は朝礼がありますので、よろしくお願いします」
「……わかった」

ベッドに上半身を起こし、額を押さえている要さん。おそらく、昨晩のことを後悔し始めているだろう。立場を顧みず部下と関係を持ってしまったこと。

せめて私は今まで通りに接しよう。彼の後悔の念を薄めるために。
六本木ガーデンヒルホテルの広々としたエントランスを抜け、外に出る。冬の朝はきりりと晴れ、雲ひとつなかった。