「記憶返りで、見世物小屋の記憶を思い出していました」
「おまえを虐げた男も、出てきたのか?」
「……はい」
「あの男はおれが殺した」
「はい」
「もう、この世にはいない」

 一体この会話はなんだろうと疑問を持ちながら、シャノンは短く返す。いまだに腰にはルロウの手があり、抜け出せそうにない。

「この世にいない男の姿に、おまえはいつまでもうなされている。どうすれば、おまえの夢から男は消える?」

 もしかして、気を遣ってくれているのだろうか。
 ルロウの行動に翻弄されっぱなしだったシャノンは、その可能性にたどり着いた。

「なにをすれば、おまえの記憶から男を葬れる」
「……ふふっ」

 まったく笑えるような内容ではないはずなのに、思わずシャノンは小さく吹き出してしまった。
 あまりにも素直に、純粋に、子供が疑問をぶつけるような言葉だったからだ。
 シャノンが笑ったのは体の振動でルロウにも伝わったようで、彼は怪訝そうな表情をシャノンに向けていた。

「あの、ルロウ。さすがに記憶の中ではどうすることもできないので、記憶返りが終わるのを待つしかないんだと思います」
「……では、四六時中寝て、さっさと記憶返りとやらを終わらせろ」
「それができれば苦労は……って、何をするんですか、ルロウ!」

 突然ルロウはシャノンの体を後ろに引き、枕元に頭を押し付けた。

「眠れ」
(そんな無茶な……!)

 どんな気まぐれだと、ルロウの行動に振り回されるシャノンだが、一応ルロウなりに理由はあったようで、起き上がろうとしているシャノンに教えてくれた。

「おれの衣服を掴み、おれがおまえのそばで眠ると、おまえの赤子のようなぐずりはピタリと止まった」
「……!」
「ここで寝たほうが、おまえは安心して眠れるようだぞ」

 ほのかに揶揄うような気配を感じた。
 どれがルロウの本心なのか掴めない。しかし、今の発言が嘘ということはないだろう。そんな嘘をついたところで、ルロウにはなんの得もないのだから。


「ね、寝るなら……じ、自分の部屋で寝ます!」

「なにを照れている。餓鬼のくせして」

「餓鬼餓鬼って……こんな体ですけど、わたしは十五歳でもう成人年齢なんですよっ」

「大人の女と言いたいのか」

「そ、そういう意味じゃ……!」


 ルロウが「大人の女」と言うだけでなぜだが卑猥に聞こえ、シャノンはぶんぶんと首を振る。
 続けて「ではどういう意味だ」と返ってきたところで、これは本格的に揶揄いにきているということを理解した。

 そのまま強引に話を切り上げたシャノンは、ふらつきながら寝台を脱出すると、逃げるように扉まで歩いていく。

「あ、シャノン。起きたんだ」
「もうおやつの時間だよ〜」

 そこへ、双子がやってくる。
 双子はシャノンがこの部屋でルロウと眠っていたことを知っていたようで、時間を見て迎えに来てくれたようだ。
 それなら最初からルロウが自分の部屋に連れていくのを止めて欲しかったと思わないでもないが、大前提として双子はルロウ第一主義である。

 また、これまでの行きずり女たちがルロウの部屋にいることを双子は良く思っていなかったが、二人からするとシャノンなら大歓迎だし問題ないということだった。シャノンからすると困った話である。

「シャノン」

 双子に歩行を手伝ってもらい部屋を出ようとすれば、去り際にルロウが名前を呼んだ。
 寝台で体を起こしたルロウにそっと視線を向ければ、端正な顔に微笑が浮かんでいる。

「いつでも、眠りに来い」
「遠慮します……」

 その会話を傍から聞いていた双子は、廊下を歩きながら「一緒に寝ればいいのに」「シャノン、安心して眠ってたよ〜」と茶々を入れられ、シャノンはため息を吐いた。