「クア教国の辺境で、クロバナの蔦の中を通過したと言ったな。具体的な場所は覚えているか?」

「いえ……たしか、少し離れたところに小屋が建っていました。それと、船着場。すごく寂れた印象があって、人はいなかったです」


 もっと具体的な地名を覚えていればよかったのだが、シャノンも川から流されて地理を把握する余裕はなかった。
 

「でも、わたしの浄化で……蔦が消えるかもしれないということですよね? そうだと決まったわけじゃなくても、早く試してどんな効果が出るのかを知ったほうが……」
「そう焦るな」


 ダリアンは思い詰めた顔をするシャノンの頭にぽんっと手を置く。


「すまないな、さっきは声を荒らげて。お前の逸る気持ちも理解している。今のお前は刻印の影響が薄まり、過去の記憶を思い出し始めたことで人格が再構築されつつある。元のお前の性格というやつだな」

「……」

「聖女の精神なんてものが消えても、お前のお人好しは元からのものなんだろう。お前は自分にできることなら、ある程度体を犠牲にしてでも力を貸したいと思っている。ルロウのときのようにな。違うか?」


 シャノンは否定しなかった。自分がお人好しだとは思っていなかったが、概ねダリアンの言うとおりだったからだ。

 今まで意識の外に留まっていた罪悪感や悔恨が、日を追うごとに強まっている。見世物小屋で見送ってきた不幸の数々が一つずつ良心を抉ってくる。

 皮肉なことに、聖女の精神から外れた弊害が、こんなところでシャノンを悩ませていたのだ。


「聞け、シャノン。今のお前に必要なのは、十分な休息だ。体調や魔力だけの話を言っているんじゃない。こ・こ・も含めてだぞ」


 シャノンの胸の中心を指さしたダリアンは、まるで幼い子供を諭す父親のような優しい顔をしていた。
 

「……当主様、ありがとうございます」

 シャノンも素直に頷いた。
 覇王なんて呼ばれ方をして、恐ろしい面があったとしても、やはりシャノンにとっては温かくて優しい人物であることに変わりはなかった。

 抗体の件に関しては一度ダリアンが預かることとなり、シャノンはもう何度も耳に聞いていた「いいからお前は無理せず休むんだ」という言葉を、念押しのように改めて言われることになった。


「しかしまあ、お前の無茶はルロウが許さないだろう」

「それについて気になっていたんですけど。ルロウは一体どうしてしまったのでしょうか……」


 この間、ルロウと面と向かって話をして、シャノンの感じていたわだかまりのようなものはなくなったと思う。

 だからといって急激に仲を深めたいとは思っておらず、普段の会話が成り立てばそれでよかった。

 しかし、最近のルロウは……あまりにもシャノンに構いすぎているのだ。