気を失う前のシャノンに男は寄り添うような言葉をかけてきた。だが、目の前の人物が本当に安全な人間かどうかを知らない。
 また、この力を利用されるかもしれない。

 警戒心が働いて、身体を隠すような動きを見せるシャノンに、男はふっと口角を緩めた。


「そう警戒しないでくれ……と言っても無理だろうな。まずは、自己紹介でもしよう」


 男は近くのテーブルにティーカップを置くと、再び口を開いた。


「私は、ダリアン・ヴァレンティーノ。以後お見知りおきを、聖女」


 男――ダリアンは、とても簡潔な自己紹介を済ませて、シャノンを見据える。

 その名に聞き覚えがあったシャノンは、まじまじとダリアンを見つめた。


(ヴァレンティーノ……たしか、あの人が警戒していた。ヴァレンティーノにだけは嗅ぎつけられるなって。この人が、あの……?)


 裏で貴族や富裕層を相手に人身売買や見世物小屋を経営し、教国から逃げ出したシャノンを拾った男が、警戒を強めていた一族の名。


 闇夜の一族ヴァレンティーノ。ラーゲルレーグ帝国で伯爵位を授かる家門であり、ある特別な能力を有する血族。

 詳しくは知らないが、どうやら男が見世物小屋を経営していた場所は、ヴァレンティーノ家が管理する領地だったらしい。


「次はお前の番だ。いつまでも聖女と呼ばれては、居心地も悪いだろうしな」

「…………シャノン、です」


 素直に名乗ると、ダリアンは「ふむ」と短く頷いた。


「シャノン。お前の首裏にある刻印は、クア教国の聖女の印だと記憶している。聖女で、間違いはないな?」

「……はい」

「では、フリークショー……見世物小屋で"癒しの力"を扱い、金儲けのために労働させられてた。それも理解していたか」

「はい……」

「表向きは光属性による治癒魔法、ということになっていたようだが。治癒魔法とは比べものにならない威力、なによりも『黒花クロバナ』の毒素によって身体を脅かされていた有毒者を浄化していたという話じゃないか」
「――」

 黒花、有毒者。
 それはユストピア大陸全土が抱えている危機的問題。