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 ルロウが目を覚ましたのは、夜が明ける少し前のことだった。

「……?」

 一睡もせずルロウを浄化し続けていたシャノンは、繋いだ手がぴくっと反応したことに、表情を明るくさせる。

「ルロウっ、気がつきましたか?」
「……」
「いま、ハオとヨキがいつ目覚めてもいいように飲み物の準備をしてくれています。当主様もずっと付いてくれていたんですが、今は少し席を外していて」
「……手」
「え?」
「手を、握られている気がする」
「それは……浄化中だからです。あ、覚えていますか? ルロウ、急に倒れたんです。そのあとすぐに浄化を――」

 言葉の途中、ルロウは自分の片手を確かめるように上へ持ちあげた。
 そして、シャノンに握られた手をしっかり確認すると不思議そうな顔をし、にぎにぎ、と強弱を付け動かし始める。

「毒素を吸収した直後でもないのに、肌の温もりを感じるのは、なぜだ?」
「……! それって」
「この手、そうだこの手だ。随分昔の夢を見ていたようだが、常におれの手を引く感触があった。おまけに、汚く鼻をすする音も」

 ルロウがぼんやりと思い出しているのは、シャノンが覗き見た記憶の夢に違いない。
 ただ、一つ違っているのは、シャノンが変に介入してしまっていたということである。

「は、おかげで早々とくだらん夢から退散できたようだが……」

 まだ、意識が定まっていないのだろう。
 ふわふわと夢と現実の狭間にいるような雰囲気のルロウの手をぎゅっと握り、シャノンは目を細める。

「ルロウに一つ、お願いが」
「……?」
「あなたの言葉を聞かずに浄化してしまいましたけど、わたしのこと、殺さないでくださいね」

 シャノンは笑った。
 少し冗談混じりに、眉を小さく下げて。

 まるで、春の花が咲くような、今までに見たこともない顔をして。

「――シャノン」
 
 ルロウが名前を囁いた瞬間、ぐらりとシャノンの体が傾いた。
 自力で体勢を立て直すこともなく、そのまま床へと落ちていく。

「……!」

 本調子じゃない体ながら、咄嗟にシャノンの腕を掴み抱き寄せたルロウは、目を見張ってその頬に手を添えた。

「熱い」

 全回復していないのにたくさんの魔力を使った結果である。
 長時間に渡り癒しの力を行使していた体が限界を迎えるのは、シャノンも覚悟していたことだった。