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 クア教国の教会には、毎日のように民が集まる。
 聖女の務めは、教国民を支える光として寄り添うこと。

 癒しの力は、体の傷だけではなく、心の傷や痛みにも効果があった。精神に不安を抱える者、心的外傷に苦しめられて昼も夜も怯え続ける者。
 始祖である大聖女の眷属として、そんな民衆を救済することが、世の不浄を清めることが、聖女の責務だった。

 そして、聖女は不浄を感じとることができる。
 傷から発生するもの、体の不調から発生するもの、精神の病から発生するもの、クロバナの毒素から発生するもの。

 不浄はどんな生き物の中にも存在している。
 赤子にも、幼子にも、動物にも、植物にも。
 クロバナの毒素も言ってしまえば不浄なものである。毒素を除き、それらを浄化できるのが聖女だ。

 癒しの力を欲するのは、その不浄を異常に抱え込んでしまう人に多かった。

 


(わたし、いままでどうして……)

 ルロウには、教会に訪れる信者が抱える不浄と、類似するものを感じる。

 これは、凝縮された毒素の渦だ。
 ヴァレンティーノ家当主であるダリアンよりも遥かに膨大な毒素。おそらくこれまでにルロウが吸収してきた禍々しい毒素を、シャノンには凄絶な不浄として感知することができていた。
 

「――さすがは、聖女。仮初に魔力を覆っていても、ここまでくると感じとれてしまうようだ」


 シャノンは絶句する。
 つまりルロウは、膨大に吸収した毒素から発生する不浄を、悟られないように魔力でコントロールしていたということだ。
 

「どうしてルロウは、笑っていられるのですか……? そんな、そんな状態で……」
「状態?」


 ルロウはあっけらかんとした態度で腕を組むが、シャノンはひどく慌てた様子で一歩前に出る。


「信者の方にいました。不浄に取り憑かれて、錯乱して暴れ回っていた人が。ルロウから感じるのは、それとは比べ物にならないくらい――」


 もはや廃人の領域だ。
 それこそ、いつ死んでもおかしくない。
 廊下で聞いたダリアンの言葉が、ここへきて現実味を帯びてくる。
 

「おれはどこか、おかしいか?」


 すでに確信を持っているのに、あえて尋ねてくるところが彼らしくもあり、自分のことですら関心を持たない素振りに不安が過ぎる。
 ルロウは蒼い顔をしているシャノンを愉快そうに眺めていた。まるで、他人事のように。


「当主様……だから、ルロウの浄化を最優先にと言っていたんですね」


 すべてが腑に落ちる。
 ダリアンが自分ではなく、ルロウを先にと言っていた理由が。


「――わたしに、浄化をさせてください」
「必要ない」

 ルロウは鋭く瞳を細めると、拒絶の如く言い返した。
 
「どうして、ですか? だって、このままだと」
「苦しみに苛まれて、死ぬ、だけだろう?」

 シャノンには意味がわからなかった。
 なぜルロウは、自分の死を想像して嬉しそうにしているのだろう。


「死んでもいいと、そう言っているようにしか聞こえないです」

「聖女としては遺憾だろうが、仕方がないことだ。闇使いが毒素を吸収し続ければ、楽に死ぬことはできない。おれの死も、これまで数多の犠牲となった命のひとつに変わりない」


 闇使いが吸収した毒素を体内に留めておく量には、個人差がある。
 ヴァレンティーノ家次期当主と言われるルロウならば、19という年齢で許容を超えることはまずありえない。
 二十代後半のダリアンがいまも当主を務めるように、通常は吸収量に気を遣いながら取り込んでいくからである。

 ルロウがここまでになってしまっているのは、故意でそうなるようにおこなっているからだ。