ピリリと空気が張り詰め、残響が消えるまでのわずかな時間、辺りは静寂に包まれる。
 立ち上がったシャノンが、声の男を見捉えるには十分すぎる時間だった。

「暴れんじゃねぇ!! 教国のドブネズミが!」

 数人に拘束された男の腹を蹴りあげたのは、この前、シャノンに菓子を与えてくれた人だった。

「手を煩わせやがって。覚悟はできてるんだろうなぁ?」

 ドブネズミと呼ばれる男の髪を乱暴に掴んで脅しをかけるのは、シャノンが菓子を頬張る姿に「癒されるなぁ」と目尻を緩めていた人である。
 そこには誰一人として、シャノンと接する優しい顔を浮かべる人間などいなかった。

「……クソがっ!!」
「おい、待て!!」
「逃がすな!!」

「あ、やば」
「こっち来るじゃん〜」
「シャノンはちょっとさがってて」

 一瞬の隙をつき拘束から逃れた男は、もつれた足を必死に動かしてシャノンたちのほうへ駆けてくる。
 一連の流れを眺めていた双子が、手に持っていた武器を構えて男を迎え撃つ体勢をとった――その時、

「ぎゃああああああ!」

 聞くに堪えない絶叫が、シャノンの鼓膜を震わせた。
 ――ぼとっ。
 同時に生々しいかたまりが、空から降ってきて、シャノンの足元に転がった。

「「あ」」

 双子が目を見開いて、こちらを肩越しに振り返っている。
 部下たちも放心した様子でシャノンのほうを見つめ硬直していた。

 なにかある。つま先に触れる、形容しがたいなにか。
 シャノンは視線を、ゆっくりと下降させる。

 どくどくと出来上がりつつある血溜まり。
 目眩がした。呼吸が速くなり、だけど一度目に映してしまえば金縛りのように動けなくなってしまう。

 それは、切断された男の片腕だった。

(……っ)

 途端に粟立つ肌。
 頭の奥深くを抉る鈍痛と、首裏が熱されたようにヒリついた。


「――ネズミの動きを封じることも、ままならんのか」
 
 咎める言葉とは裏腹に、声には機嫌の良さが滲み出ていた。
 足音すら鳴らない静かな歩みが、少しずつシャノンとの距離を詰めていく。

「ル、ロウ……」

 いまにも途切れそうな声音で呼ぶ。
 双子が佇むその先で、肘から先を失くしてのたうち回る男の前にやってきたルロウは、容赦なく足で体を踏みつけた。
 
「痛いか?」
「…………っ!!」
「何も、喋らないのか? おまえたちがこそこそと嗅ぎ回っていた、ルロウ・ヴァレンティーノとは、おれのことだが。こうして相見えた感想を聞いてみたいと思って連れてきたんだぞ?」