(もう容姿の面で目立ってはいるけれど、そこにヴァレンティーノの名が加わると……たしかにもっと動きづらくなりそう。はっ、それならあまりわたしも大声でルロウと呼ぶのは控えないと)


 シャノンが腑に落ちた様子で気を引き締め直し、ルロウを見上げたところで――

「シャノン」
「はい……んぐっ!?」


 言い終える前に、ルロウはシャノンの口の中に何かを入れた。
 舌に乗った砂糖の甘みと、温かく柔らかな食感。


「おいしいか?」
「おいしい、です……」


 ルロウの手にする小袋の封が開いている。先ほど屋台で購入したものだ。それを無防備に口を開いていたシャノンに食べさせたのだ。


「あっ、それミニドーナツってやつでしょ。フェイロウ……ほんとにシャノンに食べさせるの気に入ってるね」
「ヨキも食べたいな〜ちょっと買ってくる〜!」
「ちょっとヨキ! 財布持ってるのぼくなんだから、ヨキだけ行っても意味ないってばっ……も〜、フェイロウ、シャノン、少し待ってて!」


 賑やかな双子が屋台のほうへ走っていく。
 そこまで遠い距離ではないが、少し待ちそうなのでシャノンは建物の壁に背を預けて待機することにした。

「あの、ルロウ」
「……?」
「ルロウは、食べないんですか? たぶん、揚げたてのほうがおいしいですよ?」

 ルロウは一向にミニドーナツに口をつけない。
 自分だけ食べてしまったのもなんだか悪いと聞いてみたシャノンだが、思いもよらない言葉が返ってきた。


「もう、大方満足したところだ」


 ちらりと小袋に目を落としたあと、ルロウはしっかりシャノンの目を合わせて言ってくる。

 理解できない、と表情に出ていたのだろう。ルロウはなにを思ったのか、袋からまた一つミニドーナツを指で掴み、シャノンのほうに近づけた。

「――わっ」

 それがシャノンの口に放り込まれることはなく、小さな衝撃が伝わったルロウの指先から、ミニドーナツはするりと落ちて地面に転がった。

 細い路地から子供が飛び出し、思い切りルロウにぶつかってしまったらしい。ルロウの影に収まるほどに小さく痩せた少年は、泣きそうな顔で尻もちをついていた。