「…………当主様、なんだか顔色が悪くありませんか」

 ダリアンの隈は、出会った当初よりもまた濃くなったようだ。

「なに、お前が気にする必要はない」
 
 軽くかわそうとしているが、それがクロバナの毒素のせいだということをシャノンは知っている。 毒素から発生する不浄の気配を、聖女であるシャノンは感じとることができるからだ。

「……わたしが癒しの力を使えば、少しは楽になりますか?」

 ほぼ拒否権なく提案されたルロウの婚約者としての立場。ダリアンには明確な目的があってシャノンをヴァレンティーノ家に居座らせたにすぎないが、それでも感謝している。

 闇夜の一族ヴァレンティーノ家。
 暴虐の限りを尽くす恐ろしい一族と、見世物小屋の男は怯えていたけれど――

 死すら望んだ場所から救い出してくれた。
 おいしい食事、暖かな寝床、安らかな時間。
 十分すぎる待遇に、なにか恩返しがしたいと思わずにはいられない。それが聖女として『癒しの力』を使うことで返せるのなら、シャノンは引き受けるつもりだ。

「そもそも貧弱な状態でおこなってもお前が倒れるだけだろう。まだ早い。それにまずは、私よりもルロウの浄化が先だ」
「…………はい」

 シャノンは肩を落とす。
 見世物小屋での無理が祟り、保護されたときにはシャノンの体にはほとんど魔力が残っていなかった。
 魔力は魔法や癒しの力を使うための源。それと同時に生命力に直結するものである。
 それがほぼ空っぽということは、体中の血液が失われているのと同じこと。
 極限を超えてしまっていたシャノンの体は、少しの衝撃でも強い影響を及ぼすほど脆く、全快しないうちに力を使うとすぐに危うい状態になってしまうのだ。

(本当に、あのときルロウ様が見世物小屋に乗り込んでいなかったら……二十日眠りっぱなしだけじゃ済まなかったんだ、わたし)


 その後、気を取り直したようにダリアンがべつの話題を振った。

「お前が気にしていたあの件だが、先方に連絡は済ませてある。いつでも様子を見に行けるぞ」
「えっ……本当ですかっ!」

 その朗報に、シャノンは気持ちを切り替えるのだった。