「はやく、毒素を浄化してくれ……!」
「……」

 不浄の気配が伝わってくる。本当にここにいる人たちは皆、過剰有毒者なのだろう。

 貴族なので平民よりも優先的に毒素の吸収を行えている。しかし、そういう問題ではないのだ。いくら致死量ではなくても体を脅かすものが燻っているのだからどうにかしたいと考えるのは当然のことである。

(どれくらい、力を使えるかな……)

 シャノンは体内の魔力を確認してみるが、この人数をすべて片付けられるほどの魔力はまだなかった。

 シャノンの体内にある魔力の器はとても脆い。
 見世物小屋での酷使で破壊され、ヴァレンティーノ家で生活するようになってから少しずつ補強されていたが、ルロウの件で再びひび割れに近い状態になってしまった。
 それを今は、ようやくひびを繋ぎ直し固め、頑丈にしつつ魔力を蓄積している段階なのである。

(だけど、ハオとヨキが……)

 抵抗できないようにとあれだけ傷つけられ、暗い地下牢にいる双子を思うと胸が痛む。
 シャノンが言うことを聞かなければ二人はどうなるのか分からない。ヴァレンティーノに手を出すくらいの男である。何を仕出かしても不思議ではなかった。

(二十人……調節しないと力が引っ張られて意識を保てなくなる。慎重に、やらないと)
「――失礼」
「……うっ!?」

 突然、男は隠し持っていたナイフの柄を使って、シャノンの鳩尾を抉るように刺激した。いつまでも行動に移さないシャノンにしびれを切らしたのだ。

「お、おい。何をしている。浄化するという話だろう! 早くしろ!」
「ああ、大変申し訳ありません。少々お待ちください」
「……いっ、あ」

 袋の上から髪を強引に掴まれ、シャノンは一度舞台袖へと連れていかれた。
 客に見えないよう仕切りのほうまで移動し、男はシャノンの体を乱暴に床に叩きつける。

「おい。まだ状況が分かってないようだな」
「……っ!」

 男は身を丸めたシャノンの体を、双子と同じように蹴りあげた。
 気が遠くなるような痛みに声すら出せず、何とか耐えるために手のひらをぎゅっと握りしめる。

「時間を稼いで助けが来るのを待ってるのか? お前、あのルロウ・ヴァレンティーノの婚約者として匿われていたんだろ。良いご身分だよなぁ。闇使いだなんだと偉そうにして、自分たちは隠れて毒素を浄化してもらってたんだろ?」
「……! ち、違っ」
「言っておくが、俺はヴァレンティーノなんて恐ろしくも何ともない。闇夜の一族だかなんだか知らねぇが、所詮は毒素の吸収しか脳がないくせにふんぞり返ってる連中だ。いずれ黒明会に潰され、」



『――そうか。それならまずは、おまえの心臓から潰してやる』


 声が聞こえた。
 聞こえたけれど、異国の言葉ゆえに意味を理解することはできない。
 
 それでもシャノンは、男の背後に立っている人物が誰なのかすぐに分かった。