この恋の化学反応式

花火大会当日

人混みに揉まれながら、喧騒に埋もれながら、私はただ前を見据えて歩いていた。

先生との思い出の場所に向かうため。

だけど、この人の多さと暗くなった空のせいか、なかなかあの場所には辿り着けていなかった。

花火が始まるまであと十数分。

焦る気持ちを抑え、少し小走りになりながらも見覚えのある道を探す。

あの場所で1人で花火を見ることなんかに意味は無いけれど、そうでもしないと諦められない自分の性格を私はよく知っている。

息が上がり始め、何度も額の汗がこめかみを滑り落ちた頃。

打ち上げられた花火の大きな音とともに赤い光が私の汗を照らす。

結局、あの場所へと続く道を見つけられずさまよっている間に花火が打ち上がってしまったようだ。

「「リチウム、、、」」

思わず立ち止まってそう呟いた私の隣で、誰かが同じ言葉を呟いた。

ハッとして、横を見る。

「先生、、、」

そこには、去年と何も変わらない横顔で花火を見上げる、私の想い人の姿があった。

こんなに騒がしい場所でも、先生の小さな呟きを聞き取ってしまう自分に苦笑する。
結局私は、何も成長できていないままだ。

視線を感じたのか、先生の顔がこちらを向く。

「、、、有川?」

目が合って、先生の瞳が大きく開く。

「先生、、、なんでここに、、?私、、ずっと先生に会いたかったです、、」

そう言いながら涙が私の頬を伝っているのが分かった。

なんでわざわざ1人で祭りに来ているの?この1年間何をしていたの、、?

聞きたいことが山ほどあったのにいざ先生を前にすると言葉が出てこなかった。

「、、、ここに来たら有川に会えるような気がしたんだ。俺も有川に会いたかったから」

先生は長い指で私の涙を拭い、そのまま私の手をぎゅっと握りしめた。

「せっかくだから、あの場所で花火、見たいな」

そんな先生の言葉に、私もその大きな手を握り返す。


人混みを抜けて、あの日のように2人で走った。

そうだった。こんな場所を走ったんだった。と、懐かしさで胸がいっぱいになる。

まだ乾ききらない両目で先生の背中を見つめているうちに、やっと思い出の場所に着いた。

夜空に打ち上がる花火を見上げながら、息を飲む。

「やっぱり綺麗、、、」

去年と変わらない綺麗な景色に、思わずそう呟いた。

「改めてだけど、久しぶりだな。有川」

握りしめていた手をスっと離し、先生が私を見つめた。

先生は、その大きな目も、サラサラの茶髪も、綺麗な指も、何も変わってないままだった。

「そう、ですね、、」

言いたいことはたくさんあるけれど、さっきのように何も言葉が出てこない。

今日は、先生への想いを断ち切るために花火を見に来たのに、こんな運命的な再会をしてしまったせいで私の決意はいとも簡単に揺らいでいた。

「そういえば私、第1志望の教育学部に合格して教師を目指しているんです」

何か言わなければと開いた口から飛び出した言葉に、自分で恥ずかしくなる。
せっかく先生とまた会えたのに、ただの近況報告をしてしまうなんて。

「そうか、夢が見つかったんだな」

少し驚いたように目を見開いたあと、先生は嬉しそうに微笑んだ。

「有川ならいい教師になれるよ。絶対に」

その言葉を聞いた私の心が大きく波打つ。何気ない一言のはずなのに。

花火の明るい光に照らされる先生の顔が、どうしても直視できなくなった。

気づけば花火ももうクライマックスに差し掛かっていた。

終わって欲しくない。と心の底から強く思う。
このまま時が止まって、ずっと2人きりで居られればと。
また先生がどこか遠い所に行ってしまうことのないように、時が止まればいいと。

もしこのまま花火大会が終わったら、、?
次会える保証なんてどこにもない。

「先生!」

気づけば私は大きな声でそう叫んでいた。

「好きです!」

あの日花火の音にかき消された私の気持ち。
今度は花火に負けないような大きな声で。

先生は、呆気にとられたような顔をして、じっと私を見つめた。
目を合わせるのが何だか気まずくて、私は俯いてしまう。

暫くの間私と先生の間には沈黙が続いた。

勢いよく気持ちを伝えたはいいものの、人生で初めての告白に私はどうしようもなく恥ずかしくなってしまったのだ。

おそらく残り数発しかないであろう花火が大きな音をたててくれるのが、唯一の救いだった。

そんな沈黙を破ったのは先生だった。

「有川、、」

「は、はい!」

真剣な眼差しで見つめられて思わず身構えてしまう。

「手紙にも書いたけど、最初はお金を稼ぐことが目的だった塾のバイトも有川に出会って行くのがほんとに楽しくなったし、有川のおかげで教師になりたいって思いも強くなった」

そこまで聞いて、思わず私の目に涙が浮かぶ。
こうやって最初に相手のことを褒めるのは、告白を断る時だって誰かが言っていたのを思い出したから。

「警戒心しかなかった有川がどんどん心を開いてくれて、夏にはここで笑い合いながら花火を一緒に見てさ、、。バイトを辞めたあともずっと有川のことを頭のどこかで考えてた」

「え、、、?」

先生が、私のことをずっと、、?
思わぬ展開に、困惑しながら先生を見つめ返す。
先生は少し間を置いて

「俺も好きだよ。有川のこと」

そう告げた。

いつも笑顔で飄々としてる先生じゃなくて、真面目な顔をしているその姿に、私は固まった。

「ま、またまた〜!なにかの冗談じゃないんですか?」

どうしても現実が受け入れられず、私はついそう笑ってしまう。

「冗談じゃないよ」

そう言いながら先生が私の腕を引っ張り、その直後、私の唇は生暖かい感触を得た。

状況を理解し、私の頬は真っ赤に染まる。

「え、、今、、キス、、?え?」

あまりの衝撃で私の語彙力は、ないに等しいものになってしまう。

「本気だって分かった?」

先生の大きな瞳が、さっきからずっと私を捉えて離さない。

「はい、、」

赤く染まった顔を、確かめ合うように見つめ合う。

少しずつ近づく距離。
そしてついにその距離は0になる。

今度はさっきとは違って長いキス。

先生越しに、大きな花火と満天の星空が輝いている空が目を閉じる直前に見えた。