博美はがさつな女だった。博美がキッチンに立つと、中華料理店を思わせるような大きな音をたてる。狭いワンルームではかなり耳障りな音だったが、出てくる料理は抜群に旨かった。
 博美は見かけによらず、大きな口を開けて大きな声でゲラゲラと笑う。そのギャップが堪らない。大袈裟な程のリアクションで、本当に楽しそうに可笑しそうに笑うのだ。ついでに言えば、普段から声も大きい。
 そして、やはり見かけによらず、気が強い。だが、気が強い女は嫌いではなかった。女の武器を使って弱々しく見せたり、すぐに涙を見せる女のほうが信用出来ない、と絢斗は思う。……いや、違う。どう扱っていいのかわからない、というのが本音だった。そんな話を博美にした時、博美は笑いながら言った。

「そういう時は、黙って抱きしめればいいんじゃないかな」
「へえ……」

 そういうものなのかと、経験がない絢斗は半信半疑で聞いていたが、交際半年でその日が訪れた。
 初めて博美を泣かせてしまったのだ。しかし、声が大きく気が強い博美が泣くと、それは本物の武器と化し手がつけられそうになかった。この雰囲気で抱きしめようものなら、弾き飛ばされるだろうと判断した絢斗は、初めて男の武器の腕力を使って博美を力強く抱きしめた。
 すると――博美は一瞬で大人しくなった。

 ならば、今回はどうだろう。こういう場合の仲直りの方法も聞いておけば良かった、と絢斗は悔やんだ。


 博美との付き合いは一年を過ぎていたが、絢斗は未だに博美と付き合っていることが不思議で仕方なかった。
 友人の紹介で知り合った二歳年上の博美は、誰もが認める美女であるのに対して、自分が誰から見ても冴えない男であることを、絢斗は客観視出来ていた。博美とは友人を交えて何度か顔を合わせて会話する仲ではあったが、高嶺の花であるが故に、絢斗の恋愛対象には入らなかった。
 しかし、ある日突然博美から「付き合おうよ」と言われ、驚いたものの断る理由が見付からず、付き合うことになったのだ。これ程の女から言い寄られて、断る男はいないと思う。
 街で博美と並んで歩いていると、舐めるように博美に視線を這わせる男と度々出会す。そして次に必ず視線を絢斗に向け「なんで?」という表情を見せる。その度に「それは俺が知りたい」と絢斗は男と目で会話する。

 本来ならば博美は焼きもちを焼く必要など全くない。どう考えたって、立場は逆なのだから。

 付き合い始めの頃、絢斗は博美の気持ちを確かめたくて、敢えて焼きもちを焼かせるようなことを何度も言った。その度に博美は可愛い焼きもちを焼き、それに快感を覚えていたのは事実だ。初めて博美を泣かせたのも、絢斗が酷く焼きもちを焼かせたからだった。

 気付けば至極当然に、どうにもならないくらいに博美に惚れ込んでいた。