何時の間にか、眠ってしまっていたらしい。レティシアは瞼を震わせ、アメジストの瞳を覗かせる。起き上がりカーテンを開けると、まだ朝日がクォーク領を照らし始めたばかりだった。
「……早く起きすぎてしまったわね」
 朝日に照らされる屋敷の庭園を見ながら、レティシアは独り言ちる。目が覚めてしまい、もう一度寝ようとは思えなかった。
(カイラが来る前に、顔をどうにかしなくちゃ……)
 瞼が腫れぼったい。久方ぶりに泣いてしまったからか、顔はきっと酷い有様だろう。カイラが来る前に、調理場に行ってお湯を貰えないか聞いて来よう。そう思いガウンを羽織りドアの方へ向かうと、扉を小さくノックされた。
「お嬢様、起きてらっしゃいますか?」
 その声に、レティシアはすかさずドアを開けた。
「どうかしたかしら、クラリック」
 目の前に居たのは、クラリックだった。
 クラリックはレティシアの顔を見ると、「失礼します」と言いすぐさま室内に入ってきた。
「お嬢様、まずはそのお顔をどうにかいたしましょう」
 クラリックに言われ、レティシアは頬を紅潮させる。使用人とはいえ、男性に恥ずかしい姿を見せてしまった。
「ご、ごめんなさいっ」
「謝る必要はございません。お顔、失礼いたします」
 頬に手を添えられ、レティシアは目を閉じる。ふわりと目の上に水の感触がして気持ちがいい。小さい頃、両親や妹に虐められ泣き腫らしていると、こうしてクラリックが涙で腫れた瞼を冷やしてくれたっけ――。懐かしさに、レティシアの頬が緩んだ。
 暫くしていると、瞼の上にあった水の感触が消えたので、目を開ける。
「ありがとう、クラリック」
「早めに様子を窺いに来て正解でした。カイラが発見していたら発狂して煩いですからね」
「ふふっ、そうね」
 クラリックの言葉に、カイラの暴れる姿が簡単に想像される。思わず笑みが零れてしまった。使用人の中でもリーダーとして存在するクラリックがこうしてレティシアに優しくしてくれているのもあり、使用人達は両親や妹の目を盗んでは優しく接してくれている。クラリックには、本当に感謝しかない。
「今日までこの家での生活に耐えられたのは、貴方のお陰よ。クラリック……ありがとう」
 礼を述べるレティシアに、クラリックは首を横に振った。
「此処まで耐えてきたのは、お嬢様のお力です。我々はそのサポートをしたまで……胸を張ってください」
「クラリック……」
 そんな言葉、狡いわ――。レティシアは涙が溢れそうになった。すかさず、クラリックはハンカチを取り出し、レティシアに差しだす。
「さあ、そろそろカイラの来る時間です。涙を拭いてください」
 差し出されたハンカチを受け取り、涙をそっと拭う。クラリックへと顔を上げ「ありがとう」と微笑んだ。

「おはようございまーす! って、なんであんたがいるのよっ!?」
 元気に入ってきたカイラに、レティシアとクラリックは向き合い、笑いあった。さっぱり状況がわからないカイラは、二人を交互に見やり、首を傾げる。その姿に、再び笑みが零れた。
「ちょっと~! なんですか~っ」
 早朝から、カイラの声がレティシアの自室に響いた。