あれから、どのくらいの時間が経ったのだろう――。薄暗い地下で時間もわからない中、レティシアは牢屋の隅に座り込み俯く。殴られ、叩かれた頬が痛む。恐らく腫れただろう頬に手を添え、小さく溜息を吐く。
「そろそろ着くな……」
 一人の男がそう言うと、男達は一斉に立ち上がった。一人がレティシアが入れられた檻に近付き、檻の鍵を開ける。
(……今だわっ)
 素早く立ち上がり、檻の扉を開けようとしていた男に扉ごと体当たりし押し飛ばす。そのまま全速力で走り、捕まえようとする男達の手をかいくぐっていく。もう少し、もう少しで出口だ――!そう思った瞬間、髪を勢いよく掴まれ動きを封じられた。
「このっ、大人しくしろ!」
「いやあ、放して!!」
 髪が千切れる音がするが、それでも暴れるレティシア。気付くと周りを男達に囲まれてしまった。
「放してください!」
 抵抗しようにも、腕を後ろ手に拘束されてしまい動けない。目の前の男の存在に気付いた瞬間、頬に衝撃が走る。
「商品だからって手厚くして貰えると思うな!」
 スルグよりも強烈な殴りを受け、意識が朦朧とする。このまま、帝国に連れて行かれてしまうの? もう、セシル様とは会えないの――? そう思うと、涙が溢れてきた。
「それにしても美人だな」
「確かに……」
 そんな男達の声が聞こえる。数人が近づき、レティシアを吟味しだす。
「なあ、どうせ帝国に行ったら魔法実験の実験台になるんだろ?」
「ああ」
「なら、別に清い体じゃなきゃいけねえってこともねえよな」
 そう言い、数人の男達に檻に連れ戻される。かび臭いベッドに放り投げられ、両腕を拘束される。
「ひひひ、愉しみだぜ」
 両腕を拘束され、触れられた箇所が気持ち悪い。朦朧としていた意識が、嫌悪感で戻ってくる。嫌、嫌、嫌!
「セシル様……っ」
 目を瞑り、最愛の存在の名を呼ぶ。瞬間、レティシアの体が光り、その光が柱となって辺りを照らし出した。

「ぎゃああああああ!!」
 レティシアに跨っていた男は、突然の光の眩しさに目をやられ転がり落ちた。魔法の使えない少女だと聞いていた男達は、発動した魔法に動揺しだす。
 何? 何が、起こっているの――? 訳も分からず、レティシアは自身の体を見下ろす。輝いているのはレティシア本人だった。その光はレティシアは気付かなかったが、地下を通り抜け、地上へと駆け上っていた。
「おい、こりゃあやばいぞ」
 一人の男が言い出す。この光は天井をも突き抜けていた。となると、ここの存在もばれ、人身売買をしようとしていたことがばれてしまう。そう考えた男達は、レティシアの方ににじり寄ってきた。
「さっさとその光を止めろ!」
「きゃあ!」
 跳びかかろうとした男に、咄嗟に目を瞑るレティシア。衝撃が来ないことに違和感を感じ目を開けると、男達は地べたに体を打ちつけていた。
 人の気配を感じ、顔を上げる地上と地下を繋いでいた扉は崩壊し、地上からの光が差し込んでいる。檻の外には、今レティシアが会いたかった人の姿があった。

「……セシル、様?」
 レティシアの声に、ハッと此方へと振り返ったセシリアスタ。その姿に、レティシアは涙を零しながら駆けた。
「レティシアッ」
「セシル様、セシル様、セシル様……っ」
 セシリアスタの胸の中に飛び込む。抱き締められ、背に腕を回される。温かな温もりに、鼓動の音に、レティシアは涙が止まらなかった。
「もう、大丈夫だ」
 セシリアスタの声が、言葉が、嫌悪感を拭い去ってくれる。もう、大丈夫なんだ――。
「レティシア、その顔……」
 セシリアスタの言葉に、レティシアは「大丈夫です」と微笑む。だが、セシリアスタは表情を歪め、そっと頬に触れた。
「っ」
「痛むのか」
「少しだけ……」
 そう答えるレティシアに、セシリアスタは呪文を唱える。スッと痛みが引き、腫れていた頬が治っていく。
「これは……」
「光の古代魔法の一つだ。治癒が出来るのは内緒にしてくれ」
 そう言いながら微笑むセシリアスタに、レティシアは頷く。遅れて、エドワースがやってきた。
「セシル! レティシア嬢も無事だったか!」
「遅いぞ、エド」
「遅い言うな! 自警団連れてきながらだったんだ。これでも早い方だぞ」
 やれやれと肩を落とすエドワースに、普段の光景が見れて嬉しいレティシアは微笑んだ。
「レティシア、行こう。兄上達が待っている」
「え、でも……」
 この場所をそのままにしていいのかと悩むレティシアに、エドワースはにっと笑みを浮かべる。
「後は俺がやっておくんで、二人はパーティー会場に行ってください」
「エドワースさん……ありがとうございます」
 深くお辞儀をすると、セシリアスタに急に横抱きに抱え上げられた。
「きゃっ! セシル様!?」
「急ぐぞ。パーティーが終わってしまう」
 エンチャントを再び自身に付与し、セシリアスタは跳躍する。抱えられたレティシアは、壮観な景色に見とれていた。
「綺麗……」
「もうじき着く。そうしたら義姉上の使用人を借りて髪を直そう」
 ぐしゃぐしゃになった髪を見て、セシリアスタは表情を歪ませる。そんなセシリアスタに、レティシアは微笑む。
「大丈夫ですよ。乱れたのは髪だけです。セシル様に頂いた髪飾りも無事ですし、気になさらないでください」
「そういう問題ではないのだがな……」
 そう返答され、レティシアは首を傾げる。何か、変なことを言っただろうか?
「着いたぞ」
 言いながら、セシリアスタが地表に着地する。慌ててディアナが駆け寄り、屋敷へと案内された。
「レティシアちゃん、大丈夫だった!?」
「ディアナ様」
 ディアナの自室に案内され、ドレッサーの前に座らされる。オズワルト伯爵邸の使用人が髪を結い直してもらう。
「私は大丈夫です。セシル様が来てくださいましたから」
「本当に? 本当に大丈夫なのね?」
「義姉上、しつこいと嫌われますよ」
 何度も質問してくるディアナに、セシリアスタが溜息を吐きながら言葉を発する。そんな二人に、レティシアは笑顔が零れた。化粧も施し直され、会場に向かう。その際、セシリアスタがレティシアを呼び止めた。
「レティシア」
「はい?」
 何かあっただろうか――。そう思っていると、至近距離まで寄られ、首に何かを付けられた。
「あ……っ」
 スフィアに奪われた、ペンダントだった。セシリアスタに視線を向けると、セシリアスタは微笑んだ。
「やはり、そのペンダントは君にこそ似合う」
「セシル様……っ」
 嬉しさに、ついその場で抱き着いたレティシア。セシリアスタは背に腕を回し、ぎゅっと抱き締めた。
「ありがとう、ございます……」
 もう戻ってこないと思っていたペンダントが戻ってきたことに、深く安堵するレティシア。そんなレティシアの手を取り、セシリアスタは会場へと歩を進めた。レティシアも、セシリアスタへと続き会場に入った。