客間を出て、ディシアドの部屋まで向かうディシアドとセシリアスタ。部屋に招かれると、昔と変わらない部屋に懐かしさを覚えたセシリアスタだった。
「適当に座ってくれ」
「はい」
 ソファに腰掛け、向かい合う兄弟。先に切りだしたのはディシアドだった。
「お披露目、だったかい? する意味を聞いても?」
 単刀直入の問いに、セシリアスタは小さく溜息を吐きながら答える。
「……クォーク伯爵がしつこくて。『不良品』のレティシアではなく、妹のスフィア嬢を婚約者に換えてくれと何度も手紙がくるんだ」
「なるほど……でも何で伯爵はそこまで交換を要求してくるんだい?」
「スフィア嬢が私に気があるらしいんだが、それ以外はなんとも……」
 セシリアスタの言葉に、ディシアドはフム、と考えだす。
「セシルにはその意思はないんだね?」
「当たり前です。レティシアを『不良品』という奴らの話なんて聞きたくもない」
「そっか……うん。お披露目しようか」
 あまりにもあっさりと承諾するディシアドに、セシリアスタは目を瞬かせた。
「僕だって、レティシア嬢をそんな風に呼ぶ子が未来の妹になるのは嫌だからね。それに……」
「それに、なんです?」
 含みのある言葉に、セシリアスタは首を傾げながら訊ねる。
「最近、クォーク領には嫌な話が流れていてね」
「嫌な話、ですか?」
「そこは年の離れた友人に調査をお願いしているから大丈夫だよただ、お披露目には領地を管理する伯爵達を招待するとなると、クォーク伯爵も来る。何か騒動を起こさないかだけは警戒しておかなきゃね」
 ディシアドの言う通り、お披露目には必ずクォーク伯爵も来る。レティシアに被害が及ばなければいいのだが……。
「兎に角、お披露目の際は私がパーティーを開くということで皆を招待するよ。その時にお前の婚約者を紹介しなさい」
「助かります、兄上……」
 礼を述べるセシリアスタに、ディシアドは笑みを浮かべた。
「お前が私を頼るなんて、もう何年もなかったことだ。実の所、嬉しいんだよ」
 そう言いつつウインクをする兄に、セシリアスタは笑み浮かべた。
「そういえば、結婚式はいつにするんだい?」
「成人を迎えたらすぐにでも」
「早いね。そんなに急かなくてもいいだろうに……」
 そう言うディシアドに、セシリアスタは真っすぐ見つめながら答える。
「早くレティシアをクォークの家から解放してやりたいんです……というのは建前で、早くユグドラスの姓を名乗って欲しいのが本音です」
 珍しく頬を赤らめる弟に、ディシアドは笑みを浮かべた。本当、レティシア嬢のお陰でセシルの表情は豊かになったものだ。
「なら、お披露目は来週にしよう。その後は結婚式の準備で忙しくなるだろうしね」
「頼みます」
「さ、客間に戻ろう。二人が何を話しているのかも気になるしね」
 ディシアドがソファから立ち上がり、続いてセシリアスタも立ち上がる。このまま何もなければいい。そう、思ったセシリアスタだった。


 ディアナと楽しく談笑をしていると、セシリアスタとディシアドが戻ってきた。特に変わった様子もない二人に、ディアナとレティシアは振り替える。
「お帰りなさい、あなた」
「うん、ただいま」
 仲睦まじく語らう夫妻に、若干の羨ましさを覚えたレティシアだった。
「そろそろ帰ろう」
「あ、はいっ」
 セシリアスタの言葉に、椅子から立ち上がるレティシア。見送りをするというオズワルト伯爵夫妻の後を歩きながら、エントランスまで戻る。
「今日は楽しかったわ。またお茶会しましょうね」
「はいっ、この度の招待、本当にありがとうございました」
 スッとお辞儀をすると、ディアナが優しく髪を梳いてくれた。嬉しさに、目を細めた。
「セシル、また」
「兄上も」
 セシリアスタはディシアドと軽く握手をし、レティシアの肩を抱く。そのままエントランスを後にし、馬車のキャリッジに乗り込んだ。

「どうだった? 兄夫妻は」
「ディシアド様もディアナ様も、とても優しいお方でした」
 セシリアスタの言葉に、微笑みながらそう答える。セシリアスタはそんなレティシアを見つつ、言葉を続ける。
「来週、パーティーを開くそうだ。私達も招待するそうだぞ」
「本当ですか! 嬉しい……っ」
 ディアナにまた会えるとなり、レティシアは嬉しさに顔を綻ばせた。ディアナはとても優しかった。両親でさえ撫でてくれなかった自分を、愛情をこめて撫でてくれた。それが嬉しかった。

 そんなレティシアを余所に、セシリアスタは窓の外を見る。このお披露目が無事に終わることを、切に願った。