「はぁ……」
「どうしたよ? そんなに深い溜息なんか吐いて」
 エドワースの言葉に、王宮内に備えられた執務室で執務をこなしていたセシリアスタは深く溜息を吐く。
「エド……いや、兄上からの手紙がまだ来ないことにな……」
「ああ、それか」
 書類を片手に近付いてきたエドワースは、にっと笑みを浮かべながら一通の手紙を書類の上に置いた。
「さっき、こっちに届いたんだよ。お前に宛ててだし、多分手紙の返事だろ」
 そう答えるエドワースの言葉を聞きながら、セシリアスタは手紙を読みだす。
「……」
「どうだ? いい返事は書かれてるか?」
 手紙を凝視するセシリアスタに、エドワースは不安げに伺う。セシリアスタは小さく息を吐いた。
「向こうは何時でもいいとの事だ」
「よしっ、良かったなセシル」
「ああ」
 ほっと安堵するセシリアスタに、エドワースは肩を叩いて喜んだ。
「そういえば、クォーク家からあれから手紙は来ているか?」
「お前の言葉をそのまま書いて送ってやったら、全く来なくなったぞ。これでもう安心だろ」
「だといいがな……」
 若干引っかかりを持ちながらも、しつこかった手紙が来なくなったことにほっとするセシリアスタ。エドワースは紅茶をカップに注ぎながら、セシリアスタに話しかける。
「で、何時にするんだ? 伯爵邸に行くの。早い方がいいだろ?」
「いや、レティシアにも心に余裕を持たせてやりたいから、一週間は後にする」
 差し出されたカップを受け取りながら答えるセシリアスタに、エドワースはやれやれと肩を落とした。
「お前、本当にレティシア嬢のこと好きなんだな」
 そう言われ、セシリアスタはカップに口を付けながら微笑む。
「私に欲を見せず微笑んでくれたのは、彼女くらいだったからな」
「……そっか。なら気に入るわ」
 セシリアスタの言葉を聞き、エドワースは自分用に淹れた紅茶のカップを傾けた。
「まあ、お前が成人してない女の子に求婚するとは思わなかったけどな」
「……たまたま好きになった女性が成人前だっただけだ」
 にっと笑うエドワースに、セシリアスタは軽く咳払いをして誤魔化す。そんな二人の元に、イザークが現れた。
「やっほー。お邪魔するよ」
「げ。イザーク……」
「どうした」
 嫌そうな顔をするエドワースを余所に、セシリアスタはカップをデスクの隅に置き視線を合せる。
「ちょっと嫌な話を聞いてね」
「嫌な話?」
 そう言いながら、一枚の書類を手渡さすイザーク。セシリアスタとエドワースは書類に目を通しだす。
「魔香炉? なんだそれ?」
 エドワースは首を傾げながら、セシリアスタの背後から書類を覗き込み眺めていく。セシリアスタは、聞いたこともない魔道具に目を細めた。
「最近、帝国で使われているのが確認された魔道具だよ。嗅いだ者に幻覚や暗示をかける、厄介な代物みたいだよ」
 帝国。海を隔てた隣国だ。未だ帝国のある大陸では戦争が起こっており、それを免れる為にグリスタニアに船で密航してくる者も少なくはない。そんな帝国で新たに開発された魔道具となると、グリスタニアにも被害が及ぶ可能性が出てくる。
「この魔道具を発見次第、君の元に持ってくることにする。対策や解毒方法の解明をしてほしい」
「了解した」
 イザークへと頷くセシリアスタを横目に、エドワースは首を傾げる。
「現物はまだねえのか?」
「密輸されそうになっていた所を摘発したんだけど、海に投げ捨てられてしまってね……」
 苦笑しながらそう話すイザークに、エドワースは「納得したよ」と頷いた。
 そんな二人を横目に、セシリアスタは資料を再び眺める。魔香炉……何だが嫌な予感がする。何故か知らないが、そう思えた。