レティシアがセシリアスタの魔法の講義を受けて、一週間が経った。その間、レティシアはサグサからのレッスンの片手間に王立図書館で借りた本を読みながら魔法の練習をしてはみているが、一向に成果は見られなかった。
「はあ……」
 今まで練習もしてきていなかった分、道のりは険しいだろうと思っていたが……全く形として現れないことに、若干の悲しさを覚える。そんなレティシアを見かねて、カイラは温かい紅茶を注いだカップを差し出した。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
「ありがとう、カイラ。大丈夫よ」
 カップを受け取り、一口飲む。ここまで来ると、セシリアスタに頼るしかないのだろうか。
(でも……)
 講義のあの時、セシリアスタの体にに多大な負荷をかけてしまった。それがどうしても申し訳なくて、お願いすることが出来ないのだ。再び、溜息が零れる。
「そういえば……アティカは?」
「アティカさんなら、今日はお休みですよ。多分、街に買い物に行ってるんじゃないでしょうかね?」
「そうだったのね」
 使用人のことも考えられなくなっていたなんて――。レティシアは己のことばかり考えていた自分を恥じた。
「ごめんなさい、気付かなくて……」
 謝るレティシアに、カイラは激しく首を振った。
「そんなことないですよ! お嬢様は今、必死に頑張ってらっしゃる最中なんですからっ」
 そう言って励ましてくれるカイラに、レティシアは「ありがとう」ともう一度口にした。アティカにも、明日謝罪しておこうと決めたレティシアだった。


 午後、サグサのレッスンが終わったレティシアは、再び魔法の練習を開始した。
(意識を集中させて……魔力(オド)を練って、マナと干渉させるの……)
 目を閉じ、意識を集中させる。レティシアの体が淡い白い光に包まれる。体内の魔力(オド)を練り上げ、大気中のマナと組み合わせていく。
 あと少し……あと少しで、何かが掴めそう――。淡い光が、次第に強くなっていく。だが、魔法が発動する一歩手前の段階で光は霧散し、消えていってしまった。
「また、駄目だったわ……」
 深く溜息を吐くレティシアに、カイラは駆け寄り励ます。
「お嬢様、確実に成果は出てますよ! 元気を出してください!」
「カイラ……」
 確かに、三歳の頃からずっと練習をしてこなかった十二年のブランクの割には、少しずつでも成果が出ているのだと思う。早く成果が出てほしくて、焦っていたのかもしれない。レティシアはカイラに微笑みかけ、感謝した。
「そうよね……焦っても良いことはないものね。ありがとう、カイラ」
 主に微笑みかけられ、カイラは笑顔を向けた。
「さあ、そろそろセシリアスタ様のお出迎えに行きましょう!」
 カイラに言われ、レティシアは椅子から立ち上がる。セシリアスタの出迎えも、もはや日課となっている。早く、セシリアスタに会いたい……レティシアは逸る心を落ち着けながら、エントランスへと向かった。

「セシル様、おかえりなさい」
「ああ、ただいま」
 ロングコートの裾を靡かせながら、セシリアスタはレティシアの側に歩み寄る。肩を抱かれ、何時ものように今日あったことを話しながら食堂へと向かっていく。そんな二人を、後ろからついて行くエドワースとカイラは微笑ましく見ていた。

「食事が終わったら、君の部屋に行っても構わないだろうか」
 食事後のティータイムの最中、セシリアスタは言葉を切りだす。レティシアは微笑みながら答える。
「セシル様でしたら、いつでも歓迎いたします」
「そうか……ならばこれを飲みきったら行こうか」
「はい」
 そう答えながら、レティシアはカップの中の紅茶を優雅な仕草で飲み干した。


 セシリアスタに肩を抱かれながら、レティシアは自室へと足を運ぶ。何時の間にかセシリアスタに肩を抱かれるのが当たり前になっていて、他人に触れられるのを怖がっていた前の自分からは想像も出来ないことだと他人事のように思ってしまう。
 自室に着くと、セシリアスタは前と同様、古代魔法を用いて宙に黒い楕円形の渦を出現させた。そこから、次々と可愛らしい箱が出てくる。最後にひらひらと手紙が落ちてきて、それは風魔法でレティシアの元に届いた。
「このお手紙は?」
「ジャスミンからだ。読んでみるといい」
「ジャスミンさんから?」
 セシリアスタの言葉に、レティシアはその場で手紙の封を開けてみる。中には、一通の手紙が添えられていた。

 レディ・レティシア
 この前は楽しませてくれてありがとう。オーダーメイドの服が仕上がったから、お届けよ♪
 後、この前は若旦那さまがいてランジェリーをあまり渡せなかったから、それも追加で用意しておいたわ。
 それで若旦那さまを誘惑しちゃいなさいね♡
 またいらしてくださいな。
 ジャスミン

 「ジャスミンさん……」
 手紙から伝わる、温かな人柄に、レティシアは顔が綻んだ。セシリアスタはレティシアに近づき、コートの胸ポケットから小さな箱を取り出すとそれを手渡した。
「これは?」
「開けてみてくれ」
 言われた通り、小さな箱を開けてみる。そこには前回の髪飾りよりも綺麗な、六色の小さな魔石を花の形に加工したペンダントだった。
「綺麗……」
 色とりどりの花に加工された魔石は、どれもセシリアスタの魔力が感じられる。セシリアスタに振り向き、レティシアは戸惑った表情を向けた。
「髪飾りだけで十分でしたのに……」
「君が魔法の練習をしているのは聞いている」
 その言葉に、内緒にしていたレティシアはカイラの方を見やる。カイラは激しく首を横に振った。
「サグサから聞いたんだ。レッスンの報告のついでにね」
「そう、でしたか……」
 サグサには報告の義務がある。ならばサグサに文句も言えない。レティシアは恥ずかしくなり、顔を俯かせた。
「恥ずかしがることはない。君は君なりに努力をしているにすぎない」
「セシル様……」
 セシリアスタの言葉に、顔を上げるレティシア。そんなレティシアの持つ箱からペンダントを取り出し、レティシアへ付けてやる。レティシアの胸元を、色鮮やかな花々が彩った。
「これは君ならわかるだろうが、私の生成した魔石で出来ている。君の魔法の訓練の補助アイテムとしても役に立つ筈だ」
「セシル様、まさかその為にわざわざ魔石の生成を?」
 困惑するレティシアに、セシリアスタは微笑む。
「本当ならば私が直接、君の練習に付き合ってやれればいいのだが……時間がなかなか取れなくてね。済まない」
 眉を下げながら自嘲気味に話すセシリアスタに、レティシアはそんなことないと首を横に振った。
「いえ、いいえっ、これだけでも十分すぎます! セシル様のお手を煩わせてしまって、寧ろ申し訳ないです」
「気にするな。私が好きでやったことだ」
「セシル様……」
 セシリアスタの心遣いに、レティシアは胸が熱くなった。精霊たちにも私次第だと言われ頑張ってみていたが、中々成果が出ないことに焦っていた。そんなレティシアに、セシリアスタは助け舟まで出してくれた。こんなに良くして貰って、何もお返しが出来ない自分が悔しい。
「どうした」
「……悔しいです」
「何故だ?」
 困惑するセシリアスタに、レティシアは目を伏せ唇を噛み締めながら答える。
「ここまで良くして頂いているのに、私には何もお返しが出来ないことが、とても悔しいのです……」
 そう言うレティシアに、セシリアスタは考え、微笑んだ。
「……なら、抱き締めてくれ」
 突然の言葉に、レティシアはセシリアスタに視線を向ける。セシリアスタは微笑みながら、言葉を続けた。
「君が嬉しいと、ありがとうと感じたのならば、私に抱き着いてほしい。それだけで、私は十分だ」
 セシリアスタの発言に、次第に頬が紅潮していく。レディとしてしてはいけないとわかっていても、セシリアスタの喜ぶことをしてやりたい。意を決し、レティシアはセシリアスタに抱き着く。
「その、えっと……ありがとう、ございます……」
 胸元に抱き着きながら、伏し目がちにセシリアスタを上目遣いで見上げる。セシリアスタは目を瞬かせながら、小さく微笑んだ。