セシリアスタの魔法講義の翌日。食堂に向かう前に、レティシアはセシリアスタの部屋を訪れた。
「セシリアスタ様、レティシア様がお見えです」
 アティカの声の後、静かに「入れ」と声がかかる。アティカが開けてくれたドアから静かに入り、スカートの裾を持ち上げ挨拶をする。
「おはようございます。セシル様」
「おはよう、レティシア」
 ブラウスの上からロングコートを羽織り、セシリアスタはレティシアに向かって声をかける。昨日の講義の後の不調が気になっていたが、大丈夫そうで良かった。レティシアはホッと安堵した。
「共に食堂に向かうか」
「はい」
 近付いてきたセシリアスタに肩を抱かれながら、レティシアは共にセシリアスタの部屋を出て食堂へと向かった。
 昨日の反動がまだ続いているのか、昨夜の夕食同様、セシリアスタの食事の量は多かった。
「セシル様は今日も王宮でお仕事ですか?」
「ああ。レティシアは何を?」
 穏やかな食事時、こうして互いの一日の予定を伺うのが日課となっている。レティシアは微笑みながら答える。
「今日は王立図書館に行こうかと思っております」
 王立図書館。その名の通り、王宮が管理・運営する図書館だ。そこには王家の者しか立ち入り出来ない場所もあるが、王都に住まう住民ならば誰もが自由に立ち入ることの出来る場所だ。
「私も王立図書館には用がある。行きだけでも共に行くか?」
「はいっ」
 セシリアスタと行動を共に出来るとなり、レティシアは嬉しそうに顔を綻ばせながら頷いた。


「わあ……」
 馬車に揺られながら、王都中心にある王立図書館に向かう。ユグドラス邸に来て二週間が過ぎたが、未だに王都の中を網羅した訳ではないレティシアには、実は王立図書館も初めていく場所でもあった。
「着きましたよ~」
 手綱を握っていたエドワースの声に、セシリアスタはキャリッジのドアを開け軽やかに下りる。その姿を見た周りの女性達の黄色い声に、レティシアは驚いた。
「レティシア」
 驚くレティシアに、セシリアスタは手を差し伸べる。そっと手を取り、キャリッジから下りた。周りからの視線が痛い。それ程まで、セシリアスタは人気なのだろう。
「アティカ、カイラ。後は任せたぞ」
「了解いたしました」
「はいっ」
 セシリアスタの言葉に返事をする侍女二人。セシリアスタはレティシアに振り返る。
「レティシア、何かあったら二人を頼れ」
「はい」
 心配そうに見下ろすセシリアスタに、大丈夫とばかりに笑顔を向けるレティシア。セシリアスタはエドワースと共に、先に図書館へと入っていった。
「行きましょうか、お嬢様っ」
「ええ」
 カイラの言葉に押され、レティシアも図書館の中に入る。そこは、壁一面を本が埋め尽くす空間だった。
「凄い……」
 天井の高さまで埋め尽くす本。児童書から専門書まで、ここには数多くの本が蔵書されており、圧巻の一言だった。早速、目当ての本を探そうと司書を探す。
「レティシアお嬢様。司書ならばあちらに居ます」
「そうなのね。ありがとう、アティカ」
 礼を述べると、静かに頭を垂れるアティカ。早速、アティカの言っていた方へと向かう。
「すみません」
「はいはい」
 カウンターに座り本を読んでいた司書に話しかける。本を閉じ、眼鏡のブリッジを上げ直すその青年に、レティシアは微笑みながら訊ねた。
「古代魔法に関する本、というのは置いてないでしょうか」
 レティシアの笑みに頬を赤らめながら、司書は慌てて魔水晶を使いながら一覧を見だす。
「古代魔法に関する本でしたら、此方になります」
 風魔法を使い、本がレティシアの前に届けられる。宙に浮かぶ二冊の本を手に取り、レティシアは礼を述べると机に向かった。
「お嬢様、古代魔法に興味を?」
「ええ、少し気になってね」
 カイラにそう言いながら、本を開く。両隣にカイラとアティカが座り、互いに適当に持ってきた本を眺めていた。その間、レティシアは本を捲り、光の古代魔法について調べる。
「この本には特に書いてないわね……」
 一冊目は魔法の基礎の教科書のような本だった。古代魔法については微かに触れているだけで、具体的な描写はなかった。諦めず、もう一冊の本に手を伸ばす。アティカは料理の本を読んでおり、カイラは菜園の本を読んでいた。

(……あったわ!)
 もう一冊の本には、古代魔法の項目が幾つか書かれていた。早速、そのページを捲る。が、すぐに肩を落とすこととなった。
(こっちも、似たようなことしか書いてないわ……)
 どちらの本も、古代魔法の発動条件などは書かれていなかった。昨日セシリアスタに教えて貰った方法が、一番なのかもしれない。取り敢えず、どちらも借りていきましょ――。そう思い、カウンターへと戻った。

「……レティシア?」
「え?」
 本の貸し出し手続きを済ませ、カイラとアティカの元に戻ろうとしたレティシア。呼びかけられた声に振り返ると、懐かしい顔に笑顔を浮かべる。
「フレン!」
 駆け寄るレティシアに、フレンは口元に指を当てて静かに、と合図をする。慌てて、レティシアは口を噤んだ。
「どうして此処に? アカデミーは?」
「今日は半日で授業も終わりだから、遊びに来たんだよ」
 夜には帰らなきゃだけどね。と付け加えるフレンに、レティシアは遊びに来てまで図書館に来るとはフレンらしいと思った。声変わりもして大人らしくなってはいるが、変わらない弟分に笑みが零れた。
「レティシアはどうして此処に?」
「ちょっと調べものをね。カイラも一緒よ」
 レティシアの言葉の後、カイラとアティカが近づいてきた。カイラは「あっ」と口を開ける。
「フレン坊ちゃん!?」
「カイラ、図書館では静かに」
 アティカの指摘で慌てて口を噤む。フレンはアティカにお辞儀をすると、場所を変えないかと提案してきた。
「そうね……何処かお店に入りましょうか。アティカ、何処か休めるお店を知ってる?」
「すぐ側にカフェがあります。そこはどうでしょうか?」
「うん、行きましょう」
 アティカに案内を頼み、久しぶりに会った従兄弟と共に歩き出す。金髪と銀髪、二人は街に出ると目立っていたが、本人たちは知る由もなかった。