あの日以降、苛立つことばかりだ。『不良品』が『完璧』な私を差し置いて、あの麗しき魔導公爵に手を引かれていった、あの日から……。


「スフィア」
 名を呼ぶ声に振り替える。そこには金髪でアメジストの目をした少年が立っていた。
「フレン……」
 そこに居たのは、同じアカデミーに通う従兄弟のフレンだった。フレンはクォーク領の隣にあるガゼット領に住んでいるから、寮に入っている。
 フレンは嫌いだ。『不良品』の肩ばかり持つから……。
「顔色が悪い。大丈夫かい?」
「あんたなんかに心配されたくないわ」
 不機嫌を隠そうともしないスフィアに、フレンは言葉を続けた。
「……噂で聞いたけど、レティシアが婚約したって本当かい?」
 その言葉に、スフィアは激しい憎悪を滲ませた顔でフレンを睨み付けた。その表情を見て、フレンは確信する。
「なんでお祝いしてあげないんだ。仮にも姉妹だろう?」
「あんな『不良品』を!? 冗談でしょ!」
 スフィアは声を荒げ言葉を続ける。
「あいつの所為で、私がなんて言われてるかわかる!? 『不良品』に負けた女よっ!」
「スフィア……」
「あいつの所為で、あいつの所為で……っ」
 次第に表情を歪ませるスフィアに、フレンは内心小さく溜息を吐く。どうして、家族を始めみんなレティシアのことを『不良品』と呼ぶのか……。
「許さない……絶対に許さないわ……」
 その言葉に、フレンはスフィアを睨み付ける。
「スフィア。たとえ従兄弟だろうと、幸せを掴みだしたレティシアに何かするならば僕は許さないよ」
 フレンの言葉に、スフィアは鼻で笑った。
「あんたに何が出来るっていうのよ? 私より魔力が高くても、属性相性で敵わないくせに」
「……」
 確かに、フレンは地属性。スフィアの風属性には相性的に不利だ。それでも。
「それでも、レティシアになにかしようというのなら、僕は君に手を上げることも辞さない」
「っ」
 魔力を放出するフレンに、スフィアは後退る。アカデミー随一と言われる程の実力者にまで上り詰めたフレンの魔力は、スフィアを凌駕しそうな勢いだった。
「っ、何よ、あんたまでレティシア、レティシア、レティシアって!」
 怒りに魔力を放出させるスフィア。魔力が振動し、周りの木々が忙しなく揺れ動く。
 はあ……、と溜息を吐き、魔力の放出を静めるフレン。そのまま、スフィアに背を向け歩き出した。
「ちょっと! 逃げるっていうの!?」
 甲高い声で叫ぶスフィアに、フレンは振り返る。
「君はもう少し周りに目を向けるべきだ。そうじゃないと、君自身で破滅の道を歩んでしまうよ」
 そう言い残し、フレンは校舎へと入っていった。そんなフレンに、スフィアは表情を歪ませる。
「ふざけないでよ……皆して、私のことを馬鹿にして……っ」
 こんな目に遭うのも、全て『不良品』の所為だ。許さない、許さない……。

「絶対に許すものですか……っ」
 スフィアの憎しみに歪んだ顔を見たのは、誰もいなかった。