「セシリアスタ様~、補佐のエドワースが来ましたよ~」
 柱から顔を覗き込ませ、挨拶をしてくるエドワース。セシリアスタは一瞬だけ視線を向けると、すぐに机の上の書類にペンを走らせた。
「あらま。何だか不機嫌だな」
 セシリアスタの機嫌もお構いなしに歩み寄る彼に、セシリアスタは机の上に置かれた手紙を魔法で浮かし投げつける。目の前で魔法を使い受け止めたエドワースは、その場で滞空する手紙をひょいと持ち上げた。
「何だこれ?」
「クォーク伯爵からの手紙だ」
「ふーん」
 呑気に返事を返しながら、エドワースは封を空け手紙を取り出す。
「要約して話せ」
「はいよー。なになに……レティシア嬢じゃ釣り合わないから妹のスフィア嬢に換えてくれってさ」
 大雑把に要約したエドワースだが、それでも伝わったらしくセシリアスタは深く溜息を吐いた。
「これで何度目だ? エド」
 セシリアスタに尋ねられ、指を折って数えるエドワース。
「四度目だな」
「いい加減しつこくなってきたな……」
 再び溜め息を吐くセシリアスタ。エドワースはそういえば、とセシリアスタに話しかける。
「王宮からのしつこい婚姻の話はどうなった?」
「既に婚約したと話したらサロンに招待したいと言い出している」
「あらまー……」
 セシリアスタの表情は険しくなり、何度目かわからない溜息を吐く。
「そういえば、調べていたことはわかったか?」
 セシリアスタの一言に、エドワースは肩を落とし此方も溜息を吐いた。
「レティシア嬢、学校すら通わせて貰ってなかったよ。『不良品』を学校に通わせるのは恥だとか言って、家庭教師で済まされてたみたいだ。その家庭教師がまともだったのが救いだな。一通りの教育はしてあるみたいだ。ただ、社交界もろくに行ってないみたいだから、はじめてのサロンが王宮からの招待のやつとかは正直言って緊張して無理だと思うぜ」
 エドワースの報告を受け、益々セシリアスタの表情が険しくなる。そんな主の顔を見て、エドワースは口を開く。
「……で、どうするんだ? いい加減クォーク家にも王宮にも返事しなきゃだろ」
 クォーク家も王宮も無視を決め込んでいたが、いい加減返事を書かねばならないだろう。そう言うエドワースに、セシリアスタは椅子の背凭れに体重をかける。
「取り敢えず、サロンは延期だ。レティシアがサロンに行ったことがない以上、作法も知らないだろう」
「だな。クォーク家には?」
 手紙をひらひらと振りながら聞いてくるエドワースに、セシリアスタは目を細めた。
「そろそろこちらも我慢の限界だと付け加えておけ」
「何書いてもいいんだな?」
「構わん。好きに書いて出せ」
 口角を上げて答えるセシリアスタに、エドワースはにっと笑みを浮かべる。


「怖い顔してるね、二人とも」

 セシリアスタとエドワースが声の方を振り返ると、扉の向こうには、プラチナブロンドの髪の青年が立っていた。
「げ、イザーク……」
「そんな顔は酷いな、エド」
 エドワースの会いたくなかったと言わんばかりの表情に、悲しい顔を向けながら近付いてくるイザーク。机の側まで近づくと、セシリアスタに笑みを向けた。
「婚約おめでとう、セシル」
「素直に受け止めておくよ、イザーク」
 セシリアスタとイザークを交互に見つめながら、エドワースは手紙をひらひらと揺らした。
「……さて、俺は用事を済ませてくるわ。セシル、イザーク頼んだ」
 昔の呼び名でセシリアスタを呼びながら、そそくさとその場を後にするエドワース。イザークは残念そうな表情を浮かべた。
「そんなに急がなくてもいいと思うんだけどな……折角、旧友三人が揃ったんだからゆっくりしていけばいいのに」
「俺とお前は毎日会ってるんだからいいだろーが」
 やれやれと肩を下げるエドワースは、そのまま執務室から出て行く。室内に二人きりとなったセシリアスタとイザークは、顔を合わせた。
「……で、何の用だ」
「ただ単に旧友の様子を見に来ただけだよ」
 そう言い微笑むイザークを、セシリアスタはじっと見つめる。「信用がないな」と独り言ちるイザークは、降参とばかりに手を上げた。
「サロンの話をして欲しいって言われてきたんだよ、これは本当さ」
 イザークの言葉に、セシリアスタは溜息を吐く。
「その話は断らせて貰う。彼女はサロンに出たことがないんだ」
「訳アリってことかい?」
 その言葉に、口を噤むセシリアスタ。彼の反応にイエスと捉えたイザークは「わかった」と答えた。
「サロンはこっちで断っておくよ」
 イザークの申し出に、セシリアスタは安堵する。
「助かる」
「その代わり、後で君の家で旧友三人、久しぶりに酒を交わそう」
 約束だと言われ、セシリアスタは微笑む。一つでも不安が取り除かれたことに安堵した。