「そういえば、どうしてパーティーの翌日に迎えを?」
 ずっと気になっていた疑問をぶつけてみる。普通ならば、パーティー当日になんて婚約の申し出なんて出さない筈だ。それに、その翌日には婚約書を交わし屋敷に連れて行くなんて、特急すぎる。
「パーティーの後、君のことを調べさせて貰った。そしたら既に婚約がされそうになっていると知ってな……先手を取らせて貰った」
 それで深夜に魔法便が届いたのね――。レティシアは納得した。だが、そうなると問題が浮上してくる。
「私、両親から既に婚約を決められていました……マーキス辺境伯に対し申し訳ないことをしてしまっています……」
「そんなっ、お嬢様のせいではないです!! 勝手に旦那様達が突拍子もなく決めたんですから!」
「でも……」
 カイラの言葉に、レティシアは顔を俯かせる。確かに父達が急に申してきた婚約だったが、それでもそんなことはマーキス辺境伯達には関係ないことだ。マーキス辺境伯達からすれば、レティシアは約束を反故にしたのと変わらない。
「そこは大丈夫だ」
「セシル様……?」
 セシリアスタの言葉に、レティシアは顔を上げた。大丈夫とは、一体どういうことなのだろうか?


*****


 同時刻、クォーク邸にはマーキス辺境伯がやって来ていた。
「話が違うぞ! スルグ、お前がどうしてもと言うからこうして足を運んだのだ! 嫁ぐ娘がいないとはどういうことだ!?」
 怒りを露にする前グスタット領主、フィリップ・マーキス。スルグの友人でもある彼だが、今回ばかりは友としても許されないことをしてかされたと憤慨している。
「父さん、落ち着いて」
 隣に座っているのは、レティシアの婚約相手だったロウグ・マーキス。父の怒りを治めようと、懸命に宥めている。
「これが落ち着いていられるか! スルグ、この話はお前が持ちかけてきたんだ。長女がいないならば、もう一人の娘を嫁に出せ」
「そ、それは無理だ! スフィアはクォーク家の跡取りでもある。そう簡単に嫁になど出せる訳がないだろうっ」
 冷や汗をハンカチで拭きながら、スルグは必死に取り繕っている。
(レティシアめ……あいつが勝手に婚約書にサインなどしなければ……っ)
 いつの間にか書かれていた婚約書に、スルグもユノアも焦るしかなかった。婚約の契約がなされてしまった以上、レティシアを戻すことは不可能だ。

「あの……」
「なんだ! フットマン風情が勝手に入ってくるな!」
 突然入ってきたフットマンに、スルグは怒声を浴びせる。だが、ギャリンはそんなことはお構いなしに持っていた封筒をスルグへと差し出す。
「魔導公爵様から、旦那様にです。マーキス辺境伯が来たら渡すようにと言伝てられてましたので……」
「魔導公爵から、だと?」
 魔導公爵。この現状を作り出した張本人。そんな男からの手紙など読みたくもないが、スルグは奪うように手紙を受け取った。
「……フィリップ、お前充ての手紙だ」
 魔導公爵からの手紙は、スルグではなくフィリップへ充てられた手紙だった。フィリップはスルグから受け取ると、封を開け手紙を読み出す。
「……」
 中には何が書いてあるのか。険しい表情だったフィリップから、怒気が抜かれた。
「はあ……。魔導公爵相手なら、仕方ない、か……」
 フィリップは溜息を吐きながら、手紙を封筒にしまった。怒気の抜けた友人にスルグがホッとしたのも束の間、フィリップはきつく睨み付ける。
「お前のもう一人の娘も要らん。だが、お前が約束を反故にしたのは事実だ。今後、我が領地からの輸出品に割引はしないからな」
「なっ……!」
「それが今回のお前の落とし前だ。帰るぞ、ロウグ」
「は、はい」
 勢いよく立ち上がり、フィリップとロウグが客間を後にする。スルグは今後の交易支出も考えねばならなくなり、頭を抱えた。
「おのれ、レティシアめ……っ」
 スルグは歯軋りしながら、怒りに表情を歪めた。レティシアさえ嫁いでいれば、グスタットからの交易もし易くなる。おまけにロウグに嫁がせれば、フィリップに貸しもできる。そう思っての婚姻だった。
 だったのだが、それも全てレティシアのせいで水の泡だ。
しかし、もう後の祭りだ。魔導公爵に嫁いでしまった以上、迂闊に手出しも出来ない。スルグは悔しさに机を拳で叩いた。


*****


「マーキス辺境伯には、私から話をつけてある。レティシアに関して先方も何も言ってこない筈だ。だから安心していい」
 セシリアスタの言葉に、レティシアはホッと安堵した。セシリアスタに迷惑をかけてしまった感は否めないが、マーキス辺境伯との間を取り持ってくれたのだろう。感謝しかない。
「ありがとうございます……セシル様」
「気にするな」
 目を細めながら優しげな表情を浮かべるセシリアスタに、レティシアは微笑み返した。