〇苺ノ花学園高等部3年A組の教室(第2話の翌週月曜日の昼休み)



クラスメイトで仲が良い鳥井香羅(とりいから)と昼食を食べている羽咲。

今日のお昼は購買で買ったサンドイッチと紙パックのいちごミルク。



香羅「食欲戻ってよかったねー」

羽咲「うん、心配かけてごめんねぇ」

香羅「もうすっかり元気なら、今度の金曜日の放課後とか一緒に遊べそ?」

羽咲「金曜、かぁ……」



羽咲(たぶん草野先生が夕食作りに来てくれるよなぁ……)



香羅「バイト先の先輩から合コンに誘われてさー。他の人みんな大学生なの、羽咲が一緒に来てくれると心強い」

羽咲「合コン……」

香羅「前に羽咲も合コン行ってみたいって言ってたじゃん? カッコイイ人来るみたいだよ、年上の大学生」

羽咲「そうなんだ……」



羽咲(確かに前は行ってみたかったけど、今はそうでもない。合コン行ったら草野先生と食事できないしなぁ……)



香羅「返事明日でいいから考えてみてよ」

羽咲「うん、わかった……」



羽咲(なんでこんなに草野先生の事を考えちゃうんだろ……)





〇苺ノ花学園高等部保健室(放課後)



保健室の扉の所から中を覗き込む羽咲。



羽咲(猫リン先生いない……)



養護教諭の猫見 凛(ねこみ りん)先生は20代後半の美人でセクシーボディの持ち主。

みんなから猫リン先生と呼ばれ、校内の男子生徒から絶大な人気を誇っている。



少しキョロキョロしながら羽咲は保健室内へ入っていく。



羽咲(生理痛に効く薬、勝手に探しちゃまずいよね……)



お腹を押さえながら、『そろそろくる頃でしょ、薬持ったの?』と玄関で声をかける母親の姿を思い出す羽咲。



羽咲(お母さんが生きていたらなぁ。もう帰るだけだし、我慢するしかないか)



羽咲が諦めようとした時、廊下の方から声が聞こえてきた。



凛「ごめんなさいね、うっかりしちゃって」



羽咲(ぁ、猫リン先生戻ってきたかも?)



凛「転んだ時に草野先生がそばにいてくれて本当によかったわ」



羽咲(ぇ、いま草野先生って言った……?)



気が動転した羽咲は思わず目隠し用の衝立の陰に隠れてしまう。

それと同時に凛の肩を支えながら敬多が保健室へ入ってきた。



敬多「足、ひねったんですよね。シップ貼っておきましょうか」

凛「お願いしますぅ」



ふたりから見えないように衝立からそっと覗いている羽咲。

ナイスバディで綺麗な脚の凛にシップを貼って治療する敬多の姿を見て、羽咲の胸がチクンと痛む。



凛「本当にありがとうございました。草野先生、お礼に今度ごちそうさせてください」

敬多「礼には及びませんよ。気になさらないでください」

凛「そうおっしゃらずに、ぜひ」



丸椅子に座っている凛は、シップを貼るため目の前で跪いていた敬多に胸の谷間を見せるような感じで上半身を倒して顔を近付けた。

敬多は少し困ったように微笑む。



敬多「猫見先生のように魅力的な女性と食事をしたら彼女が妬いてしまうのでやめておきます」

凛「あら、食事もダメだなんて、真面目で一途なんですね草野先生って」

敬多「ハハ、尻に敷かれているだけですよ」



羽咲(草野先生……彼女がいるんだ……)



敬多の言葉を聞いた羽咲はかなりショックを受けている。



敬多「それじゃ僕は行きますね。お大事になさってください」

凛「ありがとうございました、草野先生」



保健室を出て行く敬多へ魅力的な笑みを向ける凛。

だがドアが閉まって少しすると、ちッと舌打ちをした。



凛「ぁーぁ、彼女いるのかぁ。つまんなぃ、もう帰っちゃおうかなぁ」



机の上の荷物を手にすると、足をひねっていたはずの凛はスタスタと歩いて保健室を出て行く。



羽咲(私も帰ろ……)



衝立の陰から出てくると、羽咲はトボトボと歩き出した。





〇下校途中



クラスメイトで生徒会長の井貫波和(いぬきなみかず)が、路地の奥の方で他校の制服を着たニヤニヤ笑う数名の男子高生に絡まれていた。

表の歩道をちょうど通りかかった羽咲は、その様子に気付いてしまう。



男子高生1「ちょっとだけ金貸してよ」



羽咲(ど、どうしよう、なんとかしなきゃ……)



怖くて足が震えながら、羽咲はスゥッと息を吸う。



羽咲「か、か、火事だー! この奥で、も、燃えてます!」



羽咲は波和がいる路地の奥の方を指差しながら叫んだ。

道行く人が何事かと路地の方を気にし始める。



男子高生2「チッ、行くぞ」



波和に絡んでいた男子高生が次々と路地から出て行く。



羽咲は路地へ入り、波和の手首を掴むと大きな声で周りへ伝えながら走り出した。



羽咲「すいません、火事は気のせいだったみたいですー!」



路地の方を気にしていた人々はまた元の通り歩き始めたが、「あれ、あの子って……」と葬儀の時に敬多と一緒にいた金髪の男性が羽咲の走る姿を見ている。

近くの公園に着き、ゼーハー大きく息をしている羽咲と波和。



波和「あ、ありがとう弐句色さん」

羽咲「怖かったー。大丈夫、井貫くん?」

波和「う、うん……」



怖かったにもかかわらず自分の事を助けてくれた羽咲の姿に、波和の胸がトクンとときめいた。





〇弐句色家のマンションのキッチン(夕方)



カレーの鍋を温めている前髪をうしろに流してイケメンモードの敬多と並んで立ってサラダを作っている羽咲。

羽咲の表情は少し暗い。

チラッと敬多が羽咲の方を見る。



敬多「なんか機嫌悪くねぇか?」

羽咲「草野先生……もう明日から夕食作りに来なくていいよ」

敬多「なんだよカレーが二日続けてだから怒ってんのか?」



的外れな事を言う敬多に対して、羽咲は頬を膨らませた。



羽咲「こんなに毎日一緒に食事をしたら先生の彼女が妬いちゃうでしょ」



羽咲(私は猫リン先生と違って魅力的な女性じゃないから妬かれないのかもしれないけど!)



敬多は眉を寄せ、怪訝そうな表情。



敬多「なに言ってんだ、彼女なんかいねーぞ」

羽咲「うそだ」

敬多「俺に彼女がいたらお前んちへ毎日来るわけねぇだろ」

羽咲「だって私、聞いたもん。草野先生が彼女の話をして猫リン先生の誘いを断ってるの」



ぉ、と何かを納得したような表情になる敬多。



敬多「放課後の保健室の件か。そんなん断る口実に決まってるだろ」

羽咲「ぇ……じゃ、本当に彼女いないの?」

敬多「いねーよ」

羽咲「そっか……」



ホッとしたような表情の羽咲。

そんな羽咲の頭を、敬多は嬉しそうな表情でワシャワシャと撫でる。



敬多「俺に彼女がいると思って妬いたのか、可愛いとこあんだな」

羽咲「ち、違ッ、ヤキモチなんかじゃないから!」

敬多「そんなに機嫌が悪くなってんのに違うのかよ」

羽咲「機嫌が悪いっていうか、食事作りに来てくれる人がいなくなったら困るってだけ」

敬多「そういう事にしといてやるよ」



勝ち誇ったような笑みを浮かべる敬多に対して、ム……、と羽咲は不機嫌顔。



羽咲「ほんとそういうんじゃないし。だって私、今度カレシ作りに合コン行くもん」



ピクッ、と敬多の眉が片方動く。



敬多「合コンだと……?」

羽咲「そーだよ、大学生と。だから先生にヤキモチなんて妬く必要ないんですよーだ」

敬多「合コンなんて許すわけねぇだろ」

羽咲「あれ、草野先生、もしかしてヤキモチですか?」



今度は羽咲が勝ち誇ったような笑みを浮かべる。

鼻で笑う敬多。



敬多「ガキ相手に妬くかよ」

羽咲「じゃぁなんで私が合コンに行くの反対するのかなぁ?」



ヤキモチをやいてくれているような敬多の態度が嬉しくて、にんまりしながら羽咲は敬多の顔を見上げる。

敬多は呆れたような表情をして、小さく笑った。



敬多「保護者として言ってんだよ。合コンしたって痛い目見るだけだ、やめとけ」

羽咲「保護者……」



期待していた言葉がもらえず、羽咲の表情からスッと笑みが消える。



敬多「特に高校大学の男なんて、サカった猿と同じだかんな。襲われんぞ」

羽咲「サカった猿って。男性をみんな自分と同じだと思わないでください」

敬多「俺はサカってねぇよ。その証拠にお前のこと襲ってねぇだろ」



図星を突かれ、ぐ……、と羽咲の喉がつまる。



敬多「合コンはダメだ。ガキにはまだ早い」

羽咲「誕生日きてるからもう私18だし子どもじゃないもん」

敬多「自分の夕飯作れるようになってから言え」



子ども扱いする敬多の態度に、ぐぬぬ……と不満顔の羽咲。



羽咲(合コン行って草野先生よりカッコイイ彼氏作ってやるー!)