〇オープニング、ナレーション



イケメンの幼馴染なんていない。

突然異世界へ召喚される事もない。



毎日つまらない授業を受けて

(眼鏡をかけ前髪をおろし、真面目な印象で背の高い男性教師が授業をしている描写)



少し口うるさい親がいる

(旅行鞄を持ち「夜ちゃんと戸締りしなさいよ」と言っている両親の姿。「わかってるってば」というセリフの描写)



そして来年になったら、行きたい大学かどうかは微妙だけど今の学力で行ける大学に進学しているであろう自分。



一般的なファミリータイプのマンションのリビングで、ソファに寛いだ姿勢で座りスマホを操作している弐句色 羽咲(にくしき うさき)。
肩下まで伸びた髪を緩くカールさせた瞳の大きな女子高生、休日のため可愛い部屋着を着ている。



平凡だなー、私の人生。

何かアッと驚くようなハプニングでも起きたら面白いのに。



スマホを持つ手をグーッと伸ばし、もう一方の手で口を覆い大きなあくびをする羽咲。



キキィー、ドン! と何かが衝突したような爆発マーク。



(黒い背景)



——そんなこと考えなきゃよかった





〇斎場(通夜)



通夜の開始前、まだ弔問客の多くはざわざわしている。



参列者1「交通事故だったって。玉突き事故に巻き込まれて」

参列者2「ご夫婦でゴールデンウィークの旅行中に……」



祭壇に飾られている写真は、冒頭に登場していた羽咲の両親。

制服のブレザーを着て親族席に座っている羽咲は、ぼんやりと会場内を眺めている。

羽咲が着ているのとは違う制服を着た高校生の姿も多い。



羽咲(けっこうお父さんの教え子たちも来てくれてるんだ……)



黒髪をオールバックにしてサングラスをかけた背の高い男性と、金髪でチャラそうな男性が並んで会場内に姿を現した。



羽咲(なんか怖そうな人たち……。お父さんの同僚じゃなさそうだし、過去に教えた高校の卒業生とかかな)



式は滞りなく進んでいき、羽咲は順番に焼香していく弔問客にお辞儀を返したりしている。

弔問客の中には、ハンカチを目にあてている高校生の姿もあった。



羽咲(お父さんのために泣いてくれる生徒さんもいるんだ……)



オールバックの男性と金髪の男性が焼香の列に並んでいる。



羽咲(ぁ、さっきの怖そうな人たち……って、ぇ、めっちゃ泣いてる……)



堂々と背筋を伸ばして立っているけれど、背の高いオールバックの男性はサングラスをしていても分かるくらい涙が流れていた。





〇斎場(通夜振る舞いの席)



食事の置かれたテーブルと、周囲に立って小皿を手に近くにいる人と話をしている弔問客たち。

壁沿いに配置された椅子に座っている人もいる。

羽咲はポツンとひとりで立ち、ぼんやりと会場内を眺めていた。

近くに立っている親族たちがチラチラ羽咲の方を見ながら話をしている。



親族1「羽咲ちゃんはひとり残されて……どうするの、うちでは引き取れないわよ」

親族2「うちだって無理よ。そんな余裕ないもの」

親族3「もう高三だし、ひとりでも大丈夫だろう」



そんな会話が聞こえてきて、羽咲の表情が暗くなった。



羽咲(これからずっと私、ひとりなんだ……)



俯く羽咲。

親族たちが羽咲の事を厄介者扱いする会話は続いている。

すると下げた視界の隅に男性物の靴が現れた事に羽咲は気付き、顔を上げた。

立っていたのは、先ほど怖そうだと羽咲が感じた黒髪をオールバックにしてサングラスをかけた背の高い男性と、金髪でチャラそうな男性。



オールバックの男性「ちょっと、いいですかねぇ」



サングラスをかけオールバックの黒髪の男性は背が高く、金髪の男性と並んで立っているだけでかなり威圧感があった。

声をかけられてたじろぐ羽咲の親族たち。

羽咲も内心ではビクビクしている。



羽咲(ど、どうしよう。実は親に借金があって、その取り立てだったりしたら……)



親族の方を見ながらポンと羽咲の肩に手をおいたオールバックの黒髪の男性。



羽咲「ひ!?」

オールバックの男性「彼女は俺が引き取ります」



羽咲(え、なんで、借金のカタに、とか!?)



羽咲の親族の男性「だ、誰だねきみは!」

オールバックの男性「羽咲さんに聞いてもらえれば分かりますよ」



そう言われて羽咲の表情がひきつった。

羽咲はそのまま無言で首を横に振る。



オールバックの男性「ぁー、そっか」



オールバックの男性はスッとサングラスを取って胸ポケットへ入れて羽咲の事を見つめた。

切れ長の目でジッと見つめられ、羽咲の胸がドキッとときめく。



オールバックの男性「これで分かるだろ?」

羽咲「だ、誰……?」



羽咲(こんなに大人の色気があるイケメンな人、私の知り合いにはいないはず)



オールバックの男性「まだ分かんねーか」



手で髪をワシャワシャして前髪をおろすと、サングラスの代わりに普通の眼鏡をかけた男性。

その顔は、冒頭で羽咲に『つまらない授業』と思われていた真面目そうな教師、草野 敬多(くさの けいた)だった。

羽咲は目を見開いて男性を指差す。



羽咲「ぇ、草野せんせー!?」



敬多はおとなしそうな見た目から一部の女生徒に陰で「絶対に草食系、彼女とかいなそー」「彼女いても尻に敷かれるタイプ」と言われている。

先ほどのサングラスを外したオールバックの敬多に見つめられた時を思い出す羽咲。



羽咲(草食系っていうよりも、獰猛な獣って感じ)



言葉が出ないくらい羽咲が驚いているすぐ横で、親族に向かって深々と敬多が頭をさげた。



敬多「弐句色羽咲さんの担任で草野敬多と申します。亡くなった弐句色先生には、喜屋金高校の時にお世話になりました」



羽咲(喜屋金高校って、お父さんが勤めてた頃すごい荒れてた学校だ……。先生って元ヤンなの?)



羽咲の親族に向かって敬多が話を続ける。



敬多「羽咲さんが卒業するまで私が責任を持って面倒見ますので、ご心配には及びません」



敬多の瞳には有無を言わせないような目力があった。



羽咲「草野せんせ……」



驚いた羽咲は隣に立つ敬多を見て呟く事しかできない。

羽咲の頭に、ポンと敬多が手をおいた。



敬多「全力で守るから心配すんな」



真面目そうな見た目バージョンの敬多から心強い言葉をかけられ、そのギャップに羽咲の胸がドキッと高鳴った。





〇弐句色家のマンションのリビング(夜)



ソファに座る敬多に羽咲がお茶を出している。

敬多は眼鏡を外して机に置いた。



羽咲「草野先生、ありがとうございました。けっきょく色々と手伝ってもらっちゃって」

敬多「お前の方が疲れただろ」



前髪をかき上げながらもう一方の手でネクタイを緩める敬多。

大人の男性の仕草を見て、羽咲の心臓がドキッと音を立てる。



敬多「早く風呂入ってこいよ」



一瞬ポカンとした表情をした羽咲は、すぐに頬を赤くしながら両手で自分を抱きしめるように胸元を隠す。



羽咲「ぇ、やだ……何考えてんの?」

敬多「は?」

羽咲「風呂入ってこいって、下心みえみえじゃん。サイテー」



軽蔑したような視線を敬多に向ける羽咲。

自分が羽咲に手を出すつもりだと誤解されている事に気付いた敬多は、不快そうに顔をしかめた。



敬多「アホか、お前みたいなガキ相手にそんな気おきねぇっつーの」

羽咲「そ、それじゃなんでお風呂入ってこいなんて……」

敬多「お前が寝たら鍵ドアポストに入れて帰っからよ。早く風呂入って寝ちまえって事」



呆れたように言われて、羽咲はふてくされた表情になる。



羽咲「それなら私がお風呂入る前に帰ればいいじゃん……」

敬多「ひとりでいる時間が少ない方がいいだろ」



眼鏡を外しオールバックの獰猛な見た目バージョンの敬多から優しい眼差しを向けられて、羽咲は胸がキュンとときめいてしまった。



——結局1週間、仕事帰りに毎日うちへ通ってくれた草野先生——



眼鏡は伊達メガネで、羽咲の家に来るといつも外してリビングのローテーブルに置いている。

この一週間、学校を休んでいる羽咲が勉強に困らないよう敬多は自宅学習用のプリントを届けていた。



敬多「ほら、今日の分」

羽咲「プリントありがとー」

敬多「忌引きも今日までだ。週明けから学校来いよ」



敬多にお茶をだしたあと、リビングのソファで敬多と少し間をあけ並んで座った羽咲がため息をついた。



羽咲「学校行くの面倒だなぁ。勉強なんてつまんないし」

敬多「でも授業以外は好きだろ?」

羽咲「んー、確かに。休み時間とか放課後は好きかも」

敬多「まだわけぇんだから、勉強なんかしないで好きな事だけやってりゃいいさ」



それ先生が言っていいの、と羽咲が笑う。

そしてフッと目を細め、小さく息を吐くように羽咲は呟いた。



羽咲「でも好きな事……かぁ。特に興味ある事、無いんだよねぇ」

敬多「あっても気付いてないのかもしれねぇな。気付くまで家庭科と保健体育だけは真面目に取り組んどけ」



思わず羽咲はプッと吹き出して笑う。



羽咲「なにそれ。成績いい子は捨てる科目じゃん」

敬多「生きてくうえで大事だからな」

羽咲「そこは草野先生が担当の世界史を頑張れとかいう所じゃないの?」

敬多「好きでもない事を頑張れとか苦行でしかないだろ。頑張んなくていいさ」



羽咲(草野先生って、先生らしくなくて不思議)





〇弐句色家のマンション、羽咲の部屋(夜)



羽咲は自分のベッドで横になっている。

敬多はベッドの横で床に座り、来週以降の授業をするのための板書用ノートを作成して予習中。



羽咲「草野先生、もう帰っていいよ。また終電なくなっちゃう。タクシー代高いんでしょ?」

敬多「終電逃してタクシー使うのも今日で最後だから、一回増えるかどうかだ。気にすんな」

羽咲「今日で最後……?」

敬多「ああ。お前んちのマンション契約者以外バイクとめらんねぇし、不便なんだよなぁ」

羽咲「そっか……」



ベッドで横になったまま敬多の後ろ姿を眺める羽咲。



羽咲(もう来ないんだ、草野先生)



潤んだ瞳を見られないように、羽咲は寝返りをして反対の方を向く。



羽咲(どうしよう、寂しい……。もっと一緒にいたかったな……)



翌日土曜日の昼頃、出かけるために玄関の扉の鍵をかける羽咲。



羽咲(いつも草野先生がご飯用意してくれたから、外に出るの久しぶり……)



エレベーターの方へ歩き出そうとすると、すぐ隣の家に引越し業者が荷物を運んでいる。



羽咲(ぁ、隣の家、誰か引越してきたんだ……)



荷物を運ぶために開けっ放しにされたドアの前を通ると、「それはこっちに運んでください」という声が聞こえた。



羽咲(あれ、今の声って……?)



聞き覚えのある声が聞こえて、羽咲は家の中をチラリと見てしまう。

すると見覚えのある人物と目が合った。



敬多「ぉー、これからよろしくな、お隣さん」

羽咲「ぇ、草野せんせー!?」



目を見開いて片手で口を覆い、羽咲はもう一方の手で敬多の方を指差した。



羽咲(草野先生、隣に住むの!?)