竜星トライアングル ポンコツ警部のドタバタ日記

 駅は駅でなんとなくピリピリしている。 駅員がホームやコンコースのチェックを続けている。
芳太郎はいつも通りに定期を使って中へ入った。 すると、、、。
 ホームの端に何処かで見たような女が立っているのが見えた。 柱に隠れながら何かを追い掛けている。
その視線が何かを捕えた。 そして無線で何かを伝えている。
芳太郎は知らない素振りで電車を待つことにした。 すると今度は反対側のホームで男が動いた。
(あれは、、、。) その顔を見て彼はギョッとした。
 ずっと前、詐欺事件で捜査した岩田孝三郎だった。 (あいつ、出てきてたのか。)
確か3年くらいの実刑だったはずだ。 初犯ではなかったから裁判長も睨むように判決文を朗読していたよな。
 孝三郎は川嶋とも仲が悪かった。 それで今回、マークされることになったのだろう。
彼はふと柱の方に目をやった。 女は相変わらず何食わぬ顔で孝三郎をマークしている。
愛ではない。 芳太郎は何故か安心してしまった。

 電車が来ると痺れを切らしたように客がドドッと流れ込んでいく。 芳太郎もその流れに逆らえずに飲み込まれていった。
(今日はものすごい込み具合だな。) 客に揉みクシャにされながら芳太郎は一人の男を見付けた。
 高校の同級だった亀山俊樹だ。 彼は外国に移住したと聞いていたのだが、、、。
横顔からして彼に間違いないのだが、何かが違う。 芳太郎は深く考え込んだ。
 電車はいつものように走り続けている。 そして二つ目の駅に着いた。
ドアが開いて客が下りていく。 その途中、亀山が一度だけこちらを向いた。
 (あいつ、、、。) そう、左目を失っていたのだ。
眼帯を掛けている。 あの頃の面影は頬の辺りに残ってはいるが、、、。
 いつもの駅で降りた彼はいつものように屋台へ入っていった。 「どうしたんだ?」
「いやあ、何でもない。」 親父さんはいつもと同じように皮や肝を焼いている。
辺りにはいい匂いが漂っているのに今夜のロータリーはどこか違って見える。 時々、覆面が澄まし顔で走り過ぎていく。
歩いている人たちもどこか気忙しそうである。 「巻き込まれたくないからなあ。」
それもそうだろう。 相手は川嶋とどっかの反社だ。 流れ弾にだって当たりたくはないよ。
 「いつも通りでいいかい?」 「よろしく頼む。」
「大変だねえ。 お巡りってあっちでこっちで扱き使われて、、、。」 「そうだな、、、。」
「あんたもそうだったんだろう?」 「いやあ、俺はお払い箱だよ。 あはは。」
「笑えるだけ花だな。」 「それもそうだな。」
「こうもあっちこっちでピリピリされたら仕事も出来ないよ。」 親父さんは文句を言いながら肝を焼き台に載せた。
 「警察はどうだね? 伊三郎が死んだもんだから大騒ぎだろう?」 「大騒ぎなんてもんじゃない。 蜂の巣が爆発したみたいな感じだよ。」
(何だい そりゃ?」 「あっちもこっちも見張りやら何やらで出払っちまって大変なんだよ。」
「そっか。 そういうことか。」 親父さんは水を飲みながらロータリーに目をやった。
 「そういえば、あの殺されたサラリーマンはどうなったね?」 「あれかい? あれはどうも分からんことが多過ぎて。」
 「そっか。 それはそれでまた大変だねえ。」 そこへ一人の女が歩いてきた。
「すいません。 焼いてもらってもいいですか?」 「ああ、いいよ。 何がいい?」
 「皮と肝と、、、それから軟骨を。」 「へえ、軟骨なんか食べるんだ。」
「そうなんです。 どっかの焼鳥屋さんで食べたら美味しかったんで、、、。」 「そこのやつみたいに美味しく焼けるかなあ?」
 親父さんは炭の具合を見ながら軟骨を焼き台に載せてみた。 女は焼酎の水割りを飲みながら焼けるのを待っている。
(何処かで見たような女だな。) 芳太郎は女の横顔をチラ見しながら肝を食べている。
 「焼けたよ。」 親父さんが照れくさそうに軟骨を皿に取った。
粗塩で焙っただけの軟骨である。 でもどっか柔らかそう。
 女は一口食べてニコッと笑った。 そしてまた水割りを飲んだ。
芳太郎はその表情があまりにも満足そうだったので軟骨を焼いてもらいたくなった。 そこへ、、、。
 「水谷啓介氏が撃たれました。」というニュースが飛び込んできた。
「何だって? 水谷建設の社長が打たれたって?」 「こりゃあ大変なことになるぞ。 この辺でも騒ぎが起きるかもしれん。 店はこれでおしまいだ。 お客さんたちも帰った方がいいよ。」
 女も焦っているようだ。 芳太郎も皮を齧りながら席を立った。
それから数時間と経たないうちに町はパニックに陥ったのである。

 芳太郎は休暇を取った。 大変な時に休暇なんて迷ってもいたのだが、、、。
(自分のような人間が右往左往していては捜査の邪魔になってしまう。) そんな思いが強かったのだ。
 それでも「万が一 何か有ると困るから、、、。」ということで防弾チョッキを渡されている。 仮にも警部補である。
以前には難しい事件の捜査にも当たってきた人間である。 射的にならないとは限らない。
 翌日も彼は用事を作って外出した。 駅やバスターミナルには私服警官が張り込んでいるらしい。
張り込みの警察官に軽く会釈しながら待ち合わせの場所へ、、、。 巡査時代にお世話になった先輩に会いに行くのである。
 緒方直樹は富山町の団地に住んでいた。 この人は今でもいろんな方面と繋がりの有る人だ。
会うのは10年ぶりくらいかな。 電話では話してたんだけどね。
 富山町へ向かうバスに乗り込む。 バスの車内もどこかピリピリしている。
隣り合って座っても誰も挨拶を交わさない。 撃たれないかと警戒している。
 (バスも大変だなあ。 ガラスは防弾じゃないからやられたら、、、。) 反対車線を覆面が走って行った。
何も起きないことを祈りながら芳太郎は目的のバス停で降りる。 この近くには県庁が有る。
 目指す団地は県庁の傍に建っている。 その途中にも私服警官が立っていた。
緒方はもう定年で退職していた。 それでもなお現役当時に付き合いの有った人間と情報交換をしているというのである。
 久しぶりに団地3階の緒方の部屋の前に立つ。 チャイムを押すとしばらくしてドアが開いた。
「おー、芳太郎君じゃないか。 まあまあ入れ。」 今日もにこやかに笑いながら芳太郎を招き入れる緒方である。
 「大谷署はどうだ?」 「どうだって言われても、、、。」
「そうだよなあ。 まだまだ数週間しか経ってないんだもんなあ。」 緒方は湯を沸かしてコーヒーを入れてくれた。
 そのコーヒーを飲みながら芳太郎は壁に飾られた写真に目をやった。 「ああ、死んだ娘だよ。」
「娘さん?」 「そう。 俺と一緒に警官になったまでは良かったんだが、強盗犯に殺されちまったんだ。」
「そうだったんですか。」 彼は祈るような気持ちで写真の前に立った。
 「おいおい、君まで死に急ぐのか?」 「いえ、大谷署も今は厳戒態勢ですから。」
「厳戒? ああ、水谷と川嶋の事件だな?」 「そうです。 水谷が殺されたことで流れが見えなくなってしまって、、、。」
 緒方は腕を組んだ。 「確かにあいつらは何をしてくるか分からない。 俺の先輩も殺されてるからね。」
天井を仰いでから彼は煙草に火を点ける。 「問題はあの女だよ。」
「寺本、、、ですか?」 「あいつはね、水谷にも川嶋にもいい顔をして抱かれてたんだ。 ダブルスパイって所かな。」
「ダブルスパイ?」 「そう。 川嶋からは薬の情報を、水谷からは殺し屋の情報を探ってたんだよ。」
「下手するとどちらからも狙われますね。」 「ところがさ、狙われると思ったら海外に逃げちまうんだ。 飛ぶのには伊三郎の弟が手を貸していた。」
「何ですって?」 「敵の敵は味方だよ。」
 緒方は2本目の煙草に火を点けた。 団地の外では街宣車が走り出そうとしている。
「この辺りは伊三郎の前の奥さんが住んでいた町だ。 その家族も生きてる。 何も無ければいいがね。」 緒方はそれだけ言うと黙り込んでしまった。
 芳太郎は得られる情報を得たと思って部屋を出ることにした。 「芳太郎君 寺本は利益になると思ったら誰にでもくっ付いてくる女だ。 気を付けるんだぞ。」
「ありがとうございます。 また来ます。」 団地の傍を救急車が走り抜けていった。