竜星トライアングル ポンコツ警部のドタバタ日記

 1時間ほどしてマスクを掛けた男がセブンに入ってきた。 捜査員たちは雑誌を読んでいる振りを決め込んで男の様子を伺っている。
男はというと辺りを見回しながら週刊誌とおにぎりを買って出て行った。 「フー、、、。」
「だからさあ、ばれるだろうって言ってるんだ。 何回言っても分からんなあ あんたは。」 「すまない。」
「すまない、、、じゃすまないんだよ。 どっか配属を代わってくれ。」 責任者らしい捜査員が芳太郎を摘まみ出すとトランシーバーで連絡を取った。
「しょうがないなあ。 警部補には④に移動してもらうよ。」 課長も苦笑いである。
「大森警部補、④ポイントに移動しましょう。」 マンションを睨みながらの移動である。
「ここは関係者がよく通ります。 見破られないように気を付けてくださいね。」 刑事の一人が芳太郎に釘を刺す。
 マンションの中に入っている潜動隊は昨夜のうちに店長と電話で話している。
「3fの172号室、午前10時。 接客はフィリピン人女性二人。」
「1時間半で3万7千円だってさ。 なかなかに高級だねえ。」 「しかも相手はスタイルも良くてサービスも満点だって言いますよね? 行ってみたいもんだ。」
「おいおい、それじゃあ張り込みの意味が無いじゃないか。」 覆面の車内では捜査員が話し合っている。
 マンションの裏を二人の男がタバコを吸いながら歩いている。 芳太郎は(おや?)と思った。
その一人はかつて取り調べたことが有る山下孝則だったからだ。
ちょうど大きな看板の裏に隠れていたから男からは見えなかったようだが、山下がマンション内に入ったのを確認した芳太郎は無線で課長に報告した。
 「何だって? 山下が?」 「そうです。 今、マンション内に入りました。」
「分かった。 別動隊を潜り込ませる。」 時計はまもなく10時になろうとしている。

 3階の部屋の前にはニヤニヤしながら男が立っている。 「客がもうすぐ来るな。 準備させろ。」
室内に居た別の男に指示を出す。 すると女たちは美成を整えてテーブルに着いた。
そこへ潜動隊の若い隊員が二人、Tシャツにジーパンという格好で現れた。 「えっと、、、吉村さんと玉井さんですね? どうぞこちらへ。」
 男が二人を部屋に案内する。 それぞれのエレベータールームには捜査本隊が姿を隠している。
「ではもうすぐ利用開始時間となります。 私たちは部屋を離れますので思う存分にお楽しみください。
時間延長などご要望が有りましたら女の子に言い付けてください。 決済はそちらでさせますので。」
 男は柔らかな笑顔で部屋を出て行った。 そして、、、。
 「ただいま、潜動隊 二名が潜り込みました。」 別動隊から刑事に連絡が入った。
 172号室では、、、。 「いらっしゃいませ。 こちらへどうぞ。」
フィリピン系らしい女が二人、潜動隊の二人を奥のテーブルへ招き入れる。
吉村と玉井は招かれるままに奥へ入っていく。 「本日はありがとうございます。 私たちを可愛がってくださいね。」
茶系で長髪の女がペコリと頭を下げた。 「さささ、お兄さんもこちらへいらっしゃい。」
 ショートヘアの女が艶めかしい姿で玉井を誘っている。 その頃、エレベーターホールでは、、、。
 「加山義一だね?」 「あんたらは、、、。」
「大谷警察署の者だ。 話を聞かせてもらおうか。」 「貴様ら、嵌めやがったな?」
 加山は仲間と三人で突破を試みるが、、、。 「ダメだよ。 玄関は封じてあるから。」
「ちきしょうめ、、、。」 マンションの入り口でも突撃部隊が事務所を捜索している。
 芳太郎もそれに加わろうとしていたが、刑事に通せんぼをされてしまって進めない。 そこへ課長が飛んできた。
「捜査は全て終了です。 さあ、帰りましょう。」 「何だって?」
「いえいえ、山下が逮捕できたから終わったようなもんなんですよ。 ありがとうございました。」 ニヤニヤしながら頭を下げる課長に芳太郎は違和感しか無かったのだが、、、。
 帰りの車の中で流れてくる報告を聞いてみる。 「サービス嬢 5人を逮捕しました。」
「受付の韓国人 3人を連行します。」 「経営者 山下を含めて5人の日本人を逮捕しました。」
 「ほらね、終わったでしょう。 後は署での取り調べと送検だけですよ。」 課長は汗を拭いながら芳太郎を見やった。

 捜査一課に戻ってくると芳太郎には何もすることが無い。 そこでまた窓の外に目をやってぼんやりしている。
他の捜査員たちは立ち話をしながら次のターゲットを絞っている。 「次はあそこだな。」
「あそこはかなり手ごわいぞ。 上がうるさいからなあ。」 「そうだ。 山城組だからな。」
 芳太郎は例のごとく、話には加わらずに過去の捜査メモを読んでいる。 課長はというと山下の取り調べをするのに準備しているらしい。
かれこれ6時間くらいして終了の時報が鳴ったのを聞いた芳太郎はバッグを持って部屋を出て行った。
(張り込みというのも久しぶりだったな。 若い頃には何度も徹夜したもんだが、、、。) 安全操業と言えばいいのか、お払い箱と言えばいいのか分からないが、、、。
とにかく彼は捜査一課の邪魔なのである。 一人背中に冷たい風を感じながら帰りの電車に乗り込む。
 珍しく混雑していて見知らぬ客と体が密着してしまう。 目の前には体格のいい女が立っていた。
(誰だろう?) 何気に横顔を見た彼はハッとした。 渡里町署で一緒に働いていた横山愛だったからだ。
(横山さんだ。 彼女もこの電車に乗っていたのか。) 愛は柔道三段の警察官である。
普段はそこいらの女子と変わらないのだが、捜査となると顔色まで変わってしまう。 カメレオンと呼ばれていた警察官だ。
 芳太郎は何だかキュンとする物を感じながら電車を降りた。 後ろを振り返ると、、、。
スマホを耳に当てがいながら愛が降りてきた。 「そうです。 これから駅を出ます。」
(何だ、尾行中か。) コンコースを抜けてロータリーに出ようとした時、、、。 愛が急に険しい顔になった。
 「目標 吉岡正を狙っている男が居ます。 応援をよろしく。」 小声で言ったかと思うと柱の陰に隠れた。
階段を降りた所で男は周りを見回している。 近くのクリーニング店やパン屋から顔を出している男たちが居る。 そして、、、。
 吉岡がタクシーに乗ろうとした時、自転車に乗った男がナイフを振り翳しながら突っ込んできた。
「伏せろ!」 「捕まえろ!」 「逃がすな!」
あちらこちらから警官たちが飛び出してきて駅前は騒然としてしまった。
 自転車の男も吉岡正も取っ組み合いの末に取り押さえられて駅の裏に待っていたパトカーに収容されていった。
ほんの10分くらいの出来事である。 (愛は、、、。)
芳太郎は愛を探したが、もうパトカーに乗って去った後だった。
 「親父さん、今日も頼むよ。」 肝が焼ける匂いに誘われた彼は屋台の椅子に座った。
 「近頃は物騒だねえ。」 「そうだ。 まったくだよ。」
「あんたは今日も中かい?」 「張り込みに行ってたよ。」
 親父さんは肝を焼きながら通りを見回した。 「さっきの男だが、あんたは知ってるか?」
「見なかったから知らないよ。」 「そうか。 やつは薬の売人でな。 この辺りじゃあ知らない人は居ないはずだ。」
「そうなんだね? じゃあ俺は、、、。」 「まあいいさ。 薬なんて関わるもんじゃないからな。」
 芳太郎はふと愛のことを思い出した。 (あいつはあの男を尾行してたよな。 薬に関わってるのか。)
騒動が過ぎた駅前ロータリーではいつもと変わらぬラッシュアワーが続いている。 屋台にも男が入ってきた。
 「肝と皮をくれ。」 「あいよ。」
親父さんは素っ気ない顔で皮を焼き始めた。 「それとビールね。」
「あいよ。」 またまた簡単な返事をしてジョッキにビールを注ぐ。
 男は周囲の物には関心が無いのか無愛想に親父さんの手元を見詰めている。
親父さんが焼けた串を小皿に載せると何も言わずに齧りながらビールを流す。 数分で食べ終わると1万円札を置いて「つりは要らねえよ。」って言って席を立った。
 芳太郎は隣でバラを齧りながら日本酒を飲んでいる。 しかしその男がどうも気になる。
 「あの男は?」 「川嶋伊三郎の実弟だよ。」
「川嶋の?」 「そう。 なんか引っかかるんだろうなあ。 時々来ては皮と肝を齧っていくんだ。」
「何かって?」 「さあねえ。 俺たちの仲じゃあ女じゃないかって噂だけどね。」
 ラジオが聞こえる。 「ただいま入りましたニュースをお知らせします。」
アナウンサーの声が聞こえた。 「川嶋伊三郎氏が刺されました。」
「何だって?」 「こりゃあやばいぞ。 この辺りで抗争が始まるかも。」