「ウォーターカッター 裏に回りました。」 「よし。 マンション35階の壁を破れ。」
「破ってどうするんですか?」 「そこに照明弾を打ち込むんだ。」
「やつらは35階の何処かに潜んでいる。 次の動きを読むんだ。」 「証明車はどうしますか?」
「マンションの管理会社に35階の入居状況を聞きました。 かなり空いているようです。」 「空いてるって?」
「そうです。 右端の5部屋だけ入居しているらしいですね。」 「そうか。 そこの住民に時間を決めて部屋の明かりを消してもらおう。」
「しかし内密に動かないとやつらに気付かれますよ。」 「分かってる。 作戦部隊に動いてもらおう。」
そうこうしているとまた銃声が響いた。
「3528号室辺りですね。」 「今の銃撃で被害者は出てないか?」
「居ません。 ドローンを飛ばしてみます。」 「分かった。 気を付けろよ。」
暗闇の中で救助作業は続けられていた。 救急隊はタンカを収容するとサイレンを鳴らさずに走り去っていった。
寺崎町では寺本直子の死体を運び出すところである。 数人の捜査員が念入りに調査をしている。
床板を剥いだ時だった。 「おい、こんな所に金庫が有るぞ。」
「何だって? 金庫?」 「ああ。 床下に金庫が埋められていた。」
「サンダーバードの見過ぎじゃないか。」 「何だい、それは?」
年輩の捜査員が思い出すような仕草をしながら金庫を持ち上げた。 「秘密諜報員 ペネロープ亭でのことだよ。」
「ああ、あの金庫を掘り出したらブザーが鳴って犯人が車に閉じ込められたってやつですね?」 「まあ、さすがに電子警報器までは付いてないだろうけどね。」
それにしても直子はこれで何をしようとしたのだろうか? 本人が死んでしまっては無用の長物だろうに。
「これは川嶋のイニシャルですね?」 「金庫も川嶋の物なのか?」
「訳が分からなくなってきたぞ。 どういうことなんだ?」
「寺本直子は川嶋と水島の両方に関わっていた。 しかも両方の女だったわけだ。」 「つまりは両方のいい所も悪い所も知っていたわけですね?」
「そうだ。 だからこそ消されたのかもしれないな。」 「消した? 誰が?」
「おそらくは川嶋だろうな。 やつらならやりかねん。」 「でもこうして通帳が、、、。」
「それは俺たちを欺くおもちゃかもしれんぞ。」 「欺く?」
「そうだ。 伊三郎の事件以後、俺たちは川嶋の弟をターゲットに動いてるんだ。 それをやつらだって知ってるだろう。」 「そうか。 だったら水島の罠に見せかけることも出来ますね。」
捜査は続いている。 芳太郎の下に課長がやってきた。
「警部補、捜査はいよいよ佳境に入りそうですぞ。」 「そうですか。」
「つきましてはこちらも体制を万全にする必要が有りますから休暇を取ってくださいな。」 「休暇を?」
「そうです。 みんなそうなんです。 人員を絞って交代で休みを取らせます。 このところ張り付いたままでしたからなあ。」 「それでどうするんです?」
「後方支援部隊は二日交代で当たりますから警部補も明後日までゆっくり休んでくださいな。 もちろん緊急呼び出しの可能性が無いわけではありませんが。」
「分かりました。」 芳太郎は頷くと書を出ていった。
いつもの駅前通りを歩く。 張り込み警官の姿は無いようだ。
ターゲットを絞っていることが分かる。 あれだけ、あちらこちらで見掛けた私服の姿も無い。
駅を出て久しぶりに焼鳥屋へ寄ってみた。 「おー、久しぶりだね。」
「変わりは無さそうだね。」 「そうか? ずいぶんと変わったよ。」
「そうかな?」 「事件が続いたからこの駅で降りる人が減っちまったよ。」
「そっか。 親父さんも大変だねえ。」 「俺はいいんだ。 なるようにしかならんと思ってるから。」
午後6時、ラッシュアワーがこれから本番に差し掛かろうとする時である。 数週間前はあれほど賑わっていたのにどっか寂しく感じる。
芳太郎は皮を齧りながら日本酒を美味そうに飲んでいる。 旅行客らしい男が屋台にやってきた。
「珍しいなあ。 焼鳥屋がこんな所に在るなんて、、、。」 メニューを見ながら男は親父さんの手元を不思議そうに眺めている。
「何から食べますか?」 「皮と肝をください。」
男はスマホを覗きながらビールを飲んでいる。 「外で飲むビールは美味いなあ。」
芳太郎は何気に男の頬っぺたを見た。 そこには見覚えの有る黒子が、、、。
(どっかで見たことが有るな。) そうは思ったが勤務中ではないし酔ってもいるから今夜はそっとしておくことにしている。
男は数本の皮と肝を食べ終わると金を払って去って行った。 「あんた、あの男に見覚えでも有るのか?」
「何で?」 「いやいや、じっと見てたからさあ。 何でもなければいいんだが、、、、。」
「気のせいだよ。」 「そっか。 気のせいか。」
親父さんは素っ気ない顔をして肝を焼き始めた。 「客が美味そうに食べてるのを見てると腹が減っちまって困るんだよなあ。」
そう言いながら注いでおいた日本酒をキュッと飲む。 「いやあ、天気もいいし気分も最高だねえ。」
今夜は久しぶりに静かな夜である。 時々車が行き過ぎるくらいだ。
ラッシュアワーはいつも通りで賑やかな話し声も聞こえてくる。 (このままで済んでくれよ。)
祈るような思いで皮を齧る。 ラジオはナイターの中継をしている。
「今日から二日ほど休んでもらいますよ。」 課長の決意漲るあの顔は、、、?
芳太郎には何か分からないが寒い物が駆け抜けていくような気がした
さっき見掛けたあの男、芳太郎には確かに見覚えが有った。 それは5年前の春のこと。
藤間のトンネル付近で若い女の他殺体が発見される事件が有った。 その時、真っ先に浮かんだのがあの男だった。
山川義男 当時は39歳。 殺されていたのは山川とも面識のあるヘアサロンの美容師だった。
だが彼はアリバイが立証されて無罪放免されたんだ。 以後、真犯人は捕まっていない。
もうすぐこの事件も6年目に入る。 美容師の命日がすぐそこにまで来ている。
屋台を出た芳太郎は珍しく駅の周りを歩いてみた。 子供の頃とはすっかり変わってしまって何処が何処やら分からなくなりそうだ。
駅の裏には住宅地が広がっている。 20年前はまだまだ田んぼだったのに、、、。
(田んぼも随分と無くなってるんだなあ。) 風景が変わることは珍しいことではない。
それまでは静かな町だった所にタワマンが建ったりして目を見張ることも屡である。
彼の同期、吉田輝臣はよくこぼす。 「昔は何の変哲も無い町だったのに気付いたらビルだらけになっていて悲しかったよ。」
吉田の故郷は福岡の博多。 昭和50年に山陽新幹線が延びたことで一気に注目された町だ。
あの頃はまだ市電が走っていた。 西鉄も高架ではなかった。
福岡市内に西鉄の踏切が存在していたんだ。 確かに福岡天神駅はバスターミナルの上に在ったけど。
でもね、その後で福岡市内の高架化が潔く進められたんだ。 それが今では大野城辺りにまで及んでいるとか、、、。
その天神地区は昔から賑やかな町だった。 天神コア 福岡ビル ビブレ21なんかのビルが建っていた。
そのビルも古くなってより大きなビルが建てられたっていうから時代の流れなんだねえ。 西鉄のバスターミナルも生まれ変わってしまった。
一階は市内バス、二階は西鉄電車、三階は長距離バスが発着して三越と繋がっていると言われる。 すごいもんだねえ。
おまけにキャナルシティーなる総合ビルが建っているんだろう? なかなかの迫力なんだろうなあ。
(俺にはとても住めないな。) そう思いながら駅周辺を歩いている。 時刻はまだまだ8時半。
グルリト一回りして屋台に戻ってきた芳太郎はタクシーを呼んだ。
「破ってどうするんですか?」 「そこに照明弾を打ち込むんだ。」
「やつらは35階の何処かに潜んでいる。 次の動きを読むんだ。」 「証明車はどうしますか?」
「マンションの管理会社に35階の入居状況を聞きました。 かなり空いているようです。」 「空いてるって?」
「そうです。 右端の5部屋だけ入居しているらしいですね。」 「そうか。 そこの住民に時間を決めて部屋の明かりを消してもらおう。」
「しかし内密に動かないとやつらに気付かれますよ。」 「分かってる。 作戦部隊に動いてもらおう。」
そうこうしているとまた銃声が響いた。
「3528号室辺りですね。」 「今の銃撃で被害者は出てないか?」
「居ません。 ドローンを飛ばしてみます。」 「分かった。 気を付けろよ。」
暗闇の中で救助作業は続けられていた。 救急隊はタンカを収容するとサイレンを鳴らさずに走り去っていった。
寺崎町では寺本直子の死体を運び出すところである。 数人の捜査員が念入りに調査をしている。
床板を剥いだ時だった。 「おい、こんな所に金庫が有るぞ。」
「何だって? 金庫?」 「ああ。 床下に金庫が埋められていた。」
「サンダーバードの見過ぎじゃないか。」 「何だい、それは?」
年輩の捜査員が思い出すような仕草をしながら金庫を持ち上げた。 「秘密諜報員 ペネロープ亭でのことだよ。」
「ああ、あの金庫を掘り出したらブザーが鳴って犯人が車に閉じ込められたってやつですね?」 「まあ、さすがに電子警報器までは付いてないだろうけどね。」
それにしても直子はこれで何をしようとしたのだろうか? 本人が死んでしまっては無用の長物だろうに。
「これは川嶋のイニシャルですね?」 「金庫も川嶋の物なのか?」
「訳が分からなくなってきたぞ。 どういうことなんだ?」
「寺本直子は川嶋と水島の両方に関わっていた。 しかも両方の女だったわけだ。」 「つまりは両方のいい所も悪い所も知っていたわけですね?」
「そうだ。 だからこそ消されたのかもしれないな。」 「消した? 誰が?」
「おそらくは川嶋だろうな。 やつらならやりかねん。」 「でもこうして通帳が、、、。」
「それは俺たちを欺くおもちゃかもしれんぞ。」 「欺く?」
「そうだ。 伊三郎の事件以後、俺たちは川嶋の弟をターゲットに動いてるんだ。 それをやつらだって知ってるだろう。」 「そうか。 だったら水島の罠に見せかけることも出来ますね。」
捜査は続いている。 芳太郎の下に課長がやってきた。
「警部補、捜査はいよいよ佳境に入りそうですぞ。」 「そうですか。」
「つきましてはこちらも体制を万全にする必要が有りますから休暇を取ってくださいな。」 「休暇を?」
「そうです。 みんなそうなんです。 人員を絞って交代で休みを取らせます。 このところ張り付いたままでしたからなあ。」 「それでどうするんです?」
「後方支援部隊は二日交代で当たりますから警部補も明後日までゆっくり休んでくださいな。 もちろん緊急呼び出しの可能性が無いわけではありませんが。」
「分かりました。」 芳太郎は頷くと書を出ていった。
いつもの駅前通りを歩く。 張り込み警官の姿は無いようだ。
ターゲットを絞っていることが分かる。 あれだけ、あちらこちらで見掛けた私服の姿も無い。
駅を出て久しぶりに焼鳥屋へ寄ってみた。 「おー、久しぶりだね。」
「変わりは無さそうだね。」 「そうか? ずいぶんと変わったよ。」
「そうかな?」 「事件が続いたからこの駅で降りる人が減っちまったよ。」
「そっか。 親父さんも大変だねえ。」 「俺はいいんだ。 なるようにしかならんと思ってるから。」
午後6時、ラッシュアワーがこれから本番に差し掛かろうとする時である。 数週間前はあれほど賑わっていたのにどっか寂しく感じる。
芳太郎は皮を齧りながら日本酒を美味そうに飲んでいる。 旅行客らしい男が屋台にやってきた。
「珍しいなあ。 焼鳥屋がこんな所に在るなんて、、、。」 メニューを見ながら男は親父さんの手元を不思議そうに眺めている。
「何から食べますか?」 「皮と肝をください。」
男はスマホを覗きながらビールを飲んでいる。 「外で飲むビールは美味いなあ。」
芳太郎は何気に男の頬っぺたを見た。 そこには見覚えの有る黒子が、、、。
(どっかで見たことが有るな。) そうは思ったが勤務中ではないし酔ってもいるから今夜はそっとしておくことにしている。
男は数本の皮と肝を食べ終わると金を払って去って行った。 「あんた、あの男に見覚えでも有るのか?」
「何で?」 「いやいや、じっと見てたからさあ。 何でもなければいいんだが、、、、。」
「気のせいだよ。」 「そっか。 気のせいか。」
親父さんは素っ気ない顔をして肝を焼き始めた。 「客が美味そうに食べてるのを見てると腹が減っちまって困るんだよなあ。」
そう言いながら注いでおいた日本酒をキュッと飲む。 「いやあ、天気もいいし気分も最高だねえ。」
今夜は久しぶりに静かな夜である。 時々車が行き過ぎるくらいだ。
ラッシュアワーはいつも通りで賑やかな話し声も聞こえてくる。 (このままで済んでくれよ。)
祈るような思いで皮を齧る。 ラジオはナイターの中継をしている。
「今日から二日ほど休んでもらいますよ。」 課長の決意漲るあの顔は、、、?
芳太郎には何か分からないが寒い物が駆け抜けていくような気がした
さっき見掛けたあの男、芳太郎には確かに見覚えが有った。 それは5年前の春のこと。
藤間のトンネル付近で若い女の他殺体が発見される事件が有った。 その時、真っ先に浮かんだのがあの男だった。
山川義男 当時は39歳。 殺されていたのは山川とも面識のあるヘアサロンの美容師だった。
だが彼はアリバイが立証されて無罪放免されたんだ。 以後、真犯人は捕まっていない。
もうすぐこの事件も6年目に入る。 美容師の命日がすぐそこにまで来ている。
屋台を出た芳太郎は珍しく駅の周りを歩いてみた。 子供の頃とはすっかり変わってしまって何処が何処やら分からなくなりそうだ。
駅の裏には住宅地が広がっている。 20年前はまだまだ田んぼだったのに、、、。
(田んぼも随分と無くなってるんだなあ。) 風景が変わることは珍しいことではない。
それまでは静かな町だった所にタワマンが建ったりして目を見張ることも屡である。
彼の同期、吉田輝臣はよくこぼす。 「昔は何の変哲も無い町だったのに気付いたらビルだらけになっていて悲しかったよ。」
吉田の故郷は福岡の博多。 昭和50年に山陽新幹線が延びたことで一気に注目された町だ。
あの頃はまだ市電が走っていた。 西鉄も高架ではなかった。
福岡市内に西鉄の踏切が存在していたんだ。 確かに福岡天神駅はバスターミナルの上に在ったけど。
でもね、その後で福岡市内の高架化が潔く進められたんだ。 それが今では大野城辺りにまで及んでいるとか、、、。
その天神地区は昔から賑やかな町だった。 天神コア 福岡ビル ビブレ21なんかのビルが建っていた。
そのビルも古くなってより大きなビルが建てられたっていうから時代の流れなんだねえ。 西鉄のバスターミナルも生まれ変わってしまった。
一階は市内バス、二階は西鉄電車、三階は長距離バスが発着して三越と繋がっていると言われる。 すごいもんだねえ。
おまけにキャナルシティーなる総合ビルが建っているんだろう? なかなかの迫力なんだろうなあ。
(俺にはとても住めないな。) そう思いながら駅周辺を歩いている。 時刻はまだまだ8時半。
グルリト一回りして屋台に戻ってきた芳太郎はタクシーを呼んだ。



