竜星トライアングル ポンコツ警部のドタバタ日記

 芳太郎は寺本が訪れたであろう美容整形クリニックを虱潰しに当たることを腹に決めていた。 あの写真がどうも気になるのである。
刺殺事件で逮捕された寺本直子の写真には黒子が無い。 であるならば何処かで黒子を切除しているはず。
 クリニックを調べながら彼はふと手を停めた。 「寺本はね、危ないと思ったら逃げるんだよ。」
緒方があの時に言った一言を思い出した。 「もしかして海外か?」
 渡航記録を外務省から取り寄せてみる。 インド、ネパール、ポーランド、チュニジア、イギリス。
取って付けたような渡航記録に思わず苦笑いをするのだが、イギリスへ行ったのは去年の春だった。
他の国へはいずれも5年から10年前のことである。 (なぜにイギリスだけ去年なんだ?)
 しかもその頃は水谷の親戚が覚醒剤取締法で捕まった頃じゃないか。 直子も薬には十分すぎるくらいに前科が有る。
その前年に出所しているのだから。 となると、、、。

 ある意味でカムフラージュしたのかもしれないな。 ついでに彼女の実家はなかなかの資産家だ。
今回、うまく逃げたのも金が絡んでいるのでは? 彼は苦しい顔をした。
 早速イギリスの大使館に出入国の問い合わせをするように伝えると芳太郎はクリニック探しを始めた。
ところが、、、。
 「この人なら来てませんよ。 来ていたら覚えているはずです。」 院長からはそんな返事が返ってくる。
(となると海外で切除手術をしたのか?) いくら考えても謎が次から次へと湧いてくる。
 もう一度写真を見比べてみる。 「アイシャドウと黒子以外に違う点は無いのか?」
すると、、、。 「唇の形が若干違うよな。」
 彼はますます驚いて寺本直子の捜査資料を引っ張り出すことにした。
直子は今38歳。 戸籍上は独身ということになっている。
 寺崎町1-17-2. ここが直子の住所だ。
芳太郎は留守を亀田芳樹に頼んで寺崎町へ飛んで行った。
 もちろん、ここに来る途中にも捜査員たちが張り込みをしているから芳太郎だって緊張しまくっている。
「あれは芳太郎さんじゃないか。」 気付いた捜査員が彼の所へ飛んでくる。 「お疲れ様です。」
「何か分かったのかい?」 「いえ、大森さんが歩いてるのが見えたから来たまでです。」
「そっか。 俺は秘密の任務をしてるんだ。」 「すいません。 邪魔しちゃって。」
 持ち場へ帰った捜査員はニヤニヤしながら芳太郎を見送る。 (この辺りは寺本が動きやすい所だからなあ。)
彼が直子の周辺を探っている間にも様々な情報が飛び交っていた。
 「水谷商会なんですが、、、、。 中には誰も居ません。」 「何だって? 蛻の殻?」
「そうです。 両方向からトラックに突っ込まれたので悲惨だろうと思っていたら誰も居ないんです。」 「じゃあ空振りだったわけか?」
「おそらくは直之か誰かが情報を持っていたのではないかと、、、、。」 「可能性は有るけどやつには前科が無い。 どうやって調べるんだ?」
「また女がやってきました。」 「昨日のか?」
「そうです。 夜の女です。」 「防犯カメラの方はどうなった?」
「それが、、、、。 警備会社もカメラが壊れてるとか言って、、、。」 「変だな。 この辺のカメラは2年以内に設置されてるはずだ。 壊れることは考えにくいぞ。」
「別の線で突っ込んでみます。」 「そうしてくれ。」

 芳太郎は捜査員たちの身を案じながら直子の住居が見える所にまでやってきた。
白壁に大きな窓の一軒家である。 緑色のカーテンが揺れている。
裏庭には愛用車らしい軽自動車が停められている。 家の前には小さな花壇が幾つか置いてある。
その向かい側には弁当屋さんが軒を出している。 「弁当でも買うか。」
 「いらっしゃい。」 店主は白髪交じりの男である。
弁当の写真が並んでいる。 「その中から好きなのを選んでくださいな。」
 芳太郎は煮物が入った拘り弁当を指差した。 「お宅、分かってるねえ。 これが一番売れるんだよ。」
 店主は差し歯を覗かせる口元を緩めて笑った。
「俺も煮物が大好きでさ、、、。」 「あんたも日本人だねえ。」
 注文を受けてから熱々のご飯を盛っておかずをドンと載せる。 豪快な弁当だ。
「毎度! また来てな。」 「ありがとう。」
 芳太郎は弁当を持ったまま店の裏へ回った。 顔を直子にも覚えられている可能性が有るからだ。
店の裏から眺めながら弁当を掻き込む。 家を出入りする気配は無さそうだ。
 時計は午前11時半。 誰もが昼休みにホッとする頃だ。
芳太郎は弁当屋の裏で直子の家をぼんやりと眺めている。 そこへスマホが鳴った。
「警部補は何処に居るんですか?」 「寺崎町だよ。」
「何でまたそんな所に?」 「寺本直子の家を見に来たんだよ。」
「動きは有りますか?」 「今のところは無いね。」
 「そうですか。 署では捜査第3班が出発しました。 新たな動きが有ったら教えてください。」 電話は切れた。
 よく晴れた空を眺めてみる。 この空の下では何百という警察官が物々しい空気の中で張り込みを続けている。
自体が動くのはいつなのか? それを仕掛けるのは誰なのか?
 マークしている人間も相当数だから誰がどう動いても大問題になり大混乱を引き起こすことは間違いない。
特に川嶋の弟は夜の王とも呼ばれているから質が悪い。
 しかし、このままでは市民の安全を守ることは出来なくなる。 刑事も総動員の上で警戒に当たっているのである。
芳太郎は玄関が開く音でビクッとした。 家から出てきたのは男だったのだ。
 「寺本の家から男が出てきました。」 「何だって? 男?」
「そうです。 男です。 しかもやつは周りにほとんど警戒していません。」 「不思議だなあ。 追跡できますか?」
「分かった。 これから天満屋橋の方に行く。」 「天満屋橋だな? 応援を向かわせるよ。」
スマホは再び切れた。

 芳太郎は何気ない顔をして天満屋橋へ向かっている。 男は煙草を吹かしながら歩いていく。
時々、電柱に隠れながら後を追う。 メールに写真を添付して捜査一課へ送る。
 間もなくして返事が返ってきた。 『その男は寺本直子の弟です。』
「そうか、、、。 弟化。 それじゃあ警戒しないのも頷けるな。』 ポケットに手を突っ込んで喉飴を探し出す。
 喉飴を舐めながら天満屋橋が見える所にまでやってきた。 と、男がタクシーを止めた。
どうやら回送中だったらしく最初は運転手も怪訝そうな顔をしていたが、直にドアを開けて男を乗せた。
 「ただいま、男がタクシーに乗り込みました。」 「何だって? 天満屋からタクシーに乗ったって?」
「そうです。 県庁方面に走ったようです。」 「分かった。 警部補は寺本の家を見張ってください。』
 そこで芳太郎は今来た道を戻り始めた。 すると、、、。
 「24班 巡査長が撃たれました!」 けたたましい無線が入ってきた。
「何だって? 撃たれた?」 「犯人は幸島長方面へ逃走中。 追跡願いたい。」
「分かった。 警邏隊 緊急出動だ!」 幸島長といえば県庁と桜井物産が在るあの辺りに近い。
芳太郎はふと緒方のことを考えた。 (あの人は無事だろうか?)
 水谷にも相当に恨まれていたはずだから気が気ではない。 だが今は寺本の家から離れるわけにもいかない。
 そう思っていると見覚えの有る軽自動車が猛スピードで突っ走っていった。 「あれは、、、、。」
 言うまでもなく直子の車である。 しかし乗っているのはまた男である。
 「寺本の車が天満屋橋方面へ走って行きました。」 「乗っているのは?」
「男です。」 「何だって? 男?」
「そうです。 二人目の男が出てきました。」 「おかしいな。 あいつに何人も男が居たのか?」
「緒方さんの話では川嶋とも水谷友繋がっていたそうですから、、、、。』 「分かった。 洗ってみよう。』
 芳太郎はまたまた弁当屋の裏まで歩いてきた。 長閑な昼下がりである。