「寺本が水谷商会から出てきました。」 報告が入ったのは午後6時ころ。
大谷署も昨日に増して厳戒モードである。 捜査一課も隙在らば殴り殺しそうな緊張感に包まれている。
警部の山崎徳雄は書類を見ながら指示を飛ばしている。 「水谷が殺された後で商会に寺本が入った。 何かやりそうだな。」
「でもやつは手ぶらで出てきましたよ。」 「だからおっかないんだ。 手ぶらだってことは収穫が無かったってことだろう?」
「何が目的なんでしょうか?」 「分からんがたぶんは殺し屋だ。」
「次は誰を?」 「川嶋の弟だろうね。」
「水谷商会から誰か出てきます。 女です。」 「女?」
その報告に捜査員たちはどよめいた。 「水谷に囲われてる女じゃないのか?」
「いや、それなら寺本だってそうだろう。」 「分からん。 水谷も川嶋も何人も女を囲っているって噂が有るくらいだからな。」
時刻は午後8時を過ぎている。 こんな夜に女一人で何処へ行くのか?
水谷商会に張り付いていた捜査員は数人をその女の微香に回した。 しかし40分後、、、。
「何をするのかと思ったらコンビニで買い物をして帰ってきましたよ。」 捜査員が疲れたように報告する。
「馬鹿だなあ。 コンビニならそこにも有るじゃないか。 なんでわざわざあっちのほうまで歩いて行ったんだ?」 「そういえば、、、。」
「やつの写真はこれだ。 調べて来い。」 「分かりました。」
若い捜査員はスマホを持ってコンビニへ、、、。 すると商会に向かって白いステーションワゴンが入っていくのが見えた。
「あいつは、、、?」 「見たこと有りませんね。 川嶋の親戚でしょうか?」
大谷署では芳太郎も緊急に呼び出されて留守番を仰せつかっていた。 彼は無線を聞きながら変な気持ちになってきた。
どうしても寺本直子の動きが気になるのである。 彼女を追い掛けているのは鈴木巡査長と部下の捜査員たちだ。
「あの女には気を付けろよ。」 緒方が言っていたことを思い出す。
(何かやらかすのでは?) 窓の外は真っ暗である。
まるで人の心を覗いているような暗い世界である。 彼は机に目を落とした。
思えば警察官になってからどれほどの事件に関わってきただろう? 目を疑うような事件も有った。
全国的に共同捜査をしないと解決できない事件も有った。 放火や殺人の現場も見てきた。
その中で娘を殺されてしまった。 あの事件は悔やんでも悔やみきれない事件である。
それでも俺はここまで突っ走ってきた。 つもりである。
自分の失敗を仲間たちが必死にカバーしてくれたことも有る。 県警本部長にはいつも怒られてきた。
「大事な所で君は何をやってるんだ? 頭を冷やしてこい!」ってね。
それでもこうしてここまで働いてきたんだ。 もうすぐ定年だって所まで来た。
そこに起きたのが今回の事件だ。 県下の警察が総動員で動いている。
(俺だって、、、。) 逸る気持ちを抑えながら夜の大谷署に籠っている。 「また女が動き出しました。」
そこへ緊迫した無線が飛び込んできた。 「何だって? 女が動いた?」
「そうです。 コンビニから帰ってきたと思ったらまた出て行ったんです。」 「尾行しろ。」
「そういえばその女がコンビニに入った理由は分かったのか?」 「店員が口封じをされてます。 話しません。」
「おかしいな。 何か有るぞ。 防犯カメラを調べろ。」 「了解しました。」
芳太郎は飛び交う無線を聞きながら壁に貼られた地図を見た。 寺本や川島の動きが記されている。
そこには県内の要所も記されていて要所ごとに班が置かれている。
「一番動いているのは寺本か。 あの女は何を仕掛けるつもりなんだろう?」 彼には解けない謎である。
しかし直子の写真を見た時、芳太郎は「アッ!」っと思った。 赴任早々に駅前で起きたサラリーマン刺殺事件のあの女だったからだ。
(あれが寺本直子か、、、、。) そう、彼は犯人を見ていたのだった。
しかし彼は任務を終えて屋台で飲んでいたから連絡だけをして動かなかった。 (あの女が何を?)
「水谷の息子が出てきました。」 「何? 水谷の息子?」
「そうです。 直之です。」 「やつがどうして商会に居るんだ?」
「分かりません。 招集されたんじゃないですか?」 「招集?」
「伊三郎が殺されて水谷がやられた。 となれば商会だって厳戒態勢を取るでしょう。」 「確かにそうだな。 直之には渡航歴が有る。 調べてくれ。」
操作はさらに緊迫してきた。 間もなく午前0時である。
芳太郎は小川雄一に代わって仮眠を取ることにした。 心臓はバクバクしているのだけれど、、、。
捜査一課はまだまだ眠らない。 第2班が張り込みに飛んで行ったところだ。 第1班は署に帰ってくると会議をして何処かへ消えて行った。
芳太郎も仮眠中ではあるがどうも寺本の動きが気になって眠れない。 時々起きだしては無線を聞いている。
「動きは無いですよ。 安心してください。」 「そうは言うけど、、、。」
「寺本なら明日の朝までは動かないでしょう。」 「何で言い切れるんだ?」
「これまで夜中に動いたって話は聞いたことが無いんですよ。」 「そうか、、、。」
それでもやはり気になるのである。 あの刺殺事件を起こした夜、確かに捕まったはずなのになぜ動いているのか、、、?
影武者でも居るのか? そっくりさんが動いているのか?
「動きが止まりました。 誰も出てきません。」 捜査班は寝静まったような町の中で息を潜めてマークを続けている。
静かな夜が来た。
次の朝、仮眠中の芳太郎を起こしたのはけたたましい無線の声だった。 「緊急連絡! 緊急連絡! 水谷商会にトラックが突っ込みました!」
「何だって? トラック?」 「そうです。 10トンクラスのトラックです。」
「何処に突っ込んだんだ?」 「正面です。 あ、トラックが爆発しました!」
爆発と聞いて捜査員は大騒ぎになった。 「これは川嶋の仕業か?」
「いや、そう決まったわけじゃない。 断定する前に消火作業を見守ろうじゃないか。」 「大変です! 裏口にもトラックが突っ込んできました!」
「何だって? じゃあ水谷商会は前と後ろから突っ込まれたわけか?」 「そうです。 おまけに被害状況がよく分かりません。」
大谷署の捜査一課でも重苦しい空気が流れ始めた。 「寺本が何処かへ消えて、水谷の親族が商会に入った。 そこでトラックが、、、。」
「ということはですねえ、水谷側の内部が混乱してるんじゃないでしょうか?」 「ただの混乱とは訳が違うよ。 水谷も川嶋もドンが殺されてるんだ。 その上で商会だけがテロまがいな攻撃を受けた。 つまりは第三者が居るってことだ。」
「寺本でしょう?」 「いやいや、待て。 まだあいつだと断定したわけじゃないんだ。 あのサラリーマン刺殺事件でもうまく逃げられてるからな、慎重に動け。」
(やっぱりうまく逃げられてるのか。) 芳太郎は眠い目をこすりながらそう思った。
確かにあの日、駅を出てすぐの所で迷わずにサラリーマンを仕留めている。 緊急逮捕されたはずなのにどうして?
芳太郎は何気に不安を抱えて資料室へ向かった。 これまでの事件資料が保管されている物置である。
つい最近の事件だから刺殺事件のファイルはすぐに出てきた。 そこには逮捕者の顔写真も添えられている。
「おや?」 芳太郎は写真を見ながら不思議に感じた。 アイシャドウの色が僅かに違うのである。
部屋の壁に飾られた寺本の写真と見比べてみる。 鼻の横に小さな黒子が、、、。
壁の写真には黒子が有るのにファイルの写真には黒子が無い。 (別人なのか?)
不審に思った彼は美容整形外科を虱潰しに当たることにした。 「そんなことをやってどうするんです?」
「黒子だよ。 ファイルの写真には黒子が無いんだ。 同一人物と決めつけるのは危険だよ。」 「でもそれなら自供が、、、。」
「自供が有るにしても簡単に逃がすわけが無い。 誤認逮捕だと思わせるにはこれしか無いんだと思う。」 「なるほどね。 警部補もたまにはいいことを、、、。」
奥平和正が部屋を出て行くのに合わせて芳太郎も部屋を出て行った。
大谷署も昨日に増して厳戒モードである。 捜査一課も隙在らば殴り殺しそうな緊張感に包まれている。
警部の山崎徳雄は書類を見ながら指示を飛ばしている。 「水谷が殺された後で商会に寺本が入った。 何かやりそうだな。」
「でもやつは手ぶらで出てきましたよ。」 「だからおっかないんだ。 手ぶらだってことは収穫が無かったってことだろう?」
「何が目的なんでしょうか?」 「分からんがたぶんは殺し屋だ。」
「次は誰を?」 「川嶋の弟だろうね。」
「水谷商会から誰か出てきます。 女です。」 「女?」
その報告に捜査員たちはどよめいた。 「水谷に囲われてる女じゃないのか?」
「いや、それなら寺本だってそうだろう。」 「分からん。 水谷も川嶋も何人も女を囲っているって噂が有るくらいだからな。」
時刻は午後8時を過ぎている。 こんな夜に女一人で何処へ行くのか?
水谷商会に張り付いていた捜査員は数人をその女の微香に回した。 しかし40分後、、、。
「何をするのかと思ったらコンビニで買い物をして帰ってきましたよ。」 捜査員が疲れたように報告する。
「馬鹿だなあ。 コンビニならそこにも有るじゃないか。 なんでわざわざあっちのほうまで歩いて行ったんだ?」 「そういえば、、、。」
「やつの写真はこれだ。 調べて来い。」 「分かりました。」
若い捜査員はスマホを持ってコンビニへ、、、。 すると商会に向かって白いステーションワゴンが入っていくのが見えた。
「あいつは、、、?」 「見たこと有りませんね。 川嶋の親戚でしょうか?」
大谷署では芳太郎も緊急に呼び出されて留守番を仰せつかっていた。 彼は無線を聞きながら変な気持ちになってきた。
どうしても寺本直子の動きが気になるのである。 彼女を追い掛けているのは鈴木巡査長と部下の捜査員たちだ。
「あの女には気を付けろよ。」 緒方が言っていたことを思い出す。
(何かやらかすのでは?) 窓の外は真っ暗である。
まるで人の心を覗いているような暗い世界である。 彼は机に目を落とした。
思えば警察官になってからどれほどの事件に関わってきただろう? 目を疑うような事件も有った。
全国的に共同捜査をしないと解決できない事件も有った。 放火や殺人の現場も見てきた。
その中で娘を殺されてしまった。 あの事件は悔やんでも悔やみきれない事件である。
それでも俺はここまで突っ走ってきた。 つもりである。
自分の失敗を仲間たちが必死にカバーしてくれたことも有る。 県警本部長にはいつも怒られてきた。
「大事な所で君は何をやってるんだ? 頭を冷やしてこい!」ってね。
それでもこうしてここまで働いてきたんだ。 もうすぐ定年だって所まで来た。
そこに起きたのが今回の事件だ。 県下の警察が総動員で動いている。
(俺だって、、、。) 逸る気持ちを抑えながら夜の大谷署に籠っている。 「また女が動き出しました。」
そこへ緊迫した無線が飛び込んできた。 「何だって? 女が動いた?」
「そうです。 コンビニから帰ってきたと思ったらまた出て行ったんです。」 「尾行しろ。」
「そういえばその女がコンビニに入った理由は分かったのか?」 「店員が口封じをされてます。 話しません。」
「おかしいな。 何か有るぞ。 防犯カメラを調べろ。」 「了解しました。」
芳太郎は飛び交う無線を聞きながら壁に貼られた地図を見た。 寺本や川島の動きが記されている。
そこには県内の要所も記されていて要所ごとに班が置かれている。
「一番動いているのは寺本か。 あの女は何を仕掛けるつもりなんだろう?」 彼には解けない謎である。
しかし直子の写真を見た時、芳太郎は「アッ!」っと思った。 赴任早々に駅前で起きたサラリーマン刺殺事件のあの女だったからだ。
(あれが寺本直子か、、、、。) そう、彼は犯人を見ていたのだった。
しかし彼は任務を終えて屋台で飲んでいたから連絡だけをして動かなかった。 (あの女が何を?)
「水谷の息子が出てきました。」 「何? 水谷の息子?」
「そうです。 直之です。」 「やつがどうして商会に居るんだ?」
「分かりません。 招集されたんじゃないですか?」 「招集?」
「伊三郎が殺されて水谷がやられた。 となれば商会だって厳戒態勢を取るでしょう。」 「確かにそうだな。 直之には渡航歴が有る。 調べてくれ。」
操作はさらに緊迫してきた。 間もなく午前0時である。
芳太郎は小川雄一に代わって仮眠を取ることにした。 心臓はバクバクしているのだけれど、、、。
捜査一課はまだまだ眠らない。 第2班が張り込みに飛んで行ったところだ。 第1班は署に帰ってくると会議をして何処かへ消えて行った。
芳太郎も仮眠中ではあるがどうも寺本の動きが気になって眠れない。 時々起きだしては無線を聞いている。
「動きは無いですよ。 安心してください。」 「そうは言うけど、、、。」
「寺本なら明日の朝までは動かないでしょう。」 「何で言い切れるんだ?」
「これまで夜中に動いたって話は聞いたことが無いんですよ。」 「そうか、、、。」
それでもやはり気になるのである。 あの刺殺事件を起こした夜、確かに捕まったはずなのになぜ動いているのか、、、?
影武者でも居るのか? そっくりさんが動いているのか?
「動きが止まりました。 誰も出てきません。」 捜査班は寝静まったような町の中で息を潜めてマークを続けている。
静かな夜が来た。
次の朝、仮眠中の芳太郎を起こしたのはけたたましい無線の声だった。 「緊急連絡! 緊急連絡! 水谷商会にトラックが突っ込みました!」
「何だって? トラック?」 「そうです。 10トンクラスのトラックです。」
「何処に突っ込んだんだ?」 「正面です。 あ、トラックが爆発しました!」
爆発と聞いて捜査員は大騒ぎになった。 「これは川嶋の仕業か?」
「いや、そう決まったわけじゃない。 断定する前に消火作業を見守ろうじゃないか。」 「大変です! 裏口にもトラックが突っ込んできました!」
「何だって? じゃあ水谷商会は前と後ろから突っ込まれたわけか?」 「そうです。 おまけに被害状況がよく分かりません。」
大谷署の捜査一課でも重苦しい空気が流れ始めた。 「寺本が何処かへ消えて、水谷の親族が商会に入った。 そこでトラックが、、、。」
「ということはですねえ、水谷側の内部が混乱してるんじゃないでしょうか?」 「ただの混乱とは訳が違うよ。 水谷も川嶋もドンが殺されてるんだ。 その上で商会だけがテロまがいな攻撃を受けた。 つまりは第三者が居るってことだ。」
「寺本でしょう?」 「いやいや、待て。 まだあいつだと断定したわけじゃないんだ。 あのサラリーマン刺殺事件でもうまく逃げられてるからな、慎重に動け。」
(やっぱりうまく逃げられてるのか。) 芳太郎は眠い目をこすりながらそう思った。
確かにあの日、駅を出てすぐの所で迷わずにサラリーマンを仕留めている。 緊急逮捕されたはずなのにどうして?
芳太郎は何気に不安を抱えて資料室へ向かった。 これまでの事件資料が保管されている物置である。
つい最近の事件だから刺殺事件のファイルはすぐに出てきた。 そこには逮捕者の顔写真も添えられている。
「おや?」 芳太郎は写真を見ながら不思議に感じた。 アイシャドウの色が僅かに違うのである。
部屋の壁に飾られた寺本の写真と見比べてみる。 鼻の横に小さな黒子が、、、。
壁の写真には黒子が有るのにファイルの写真には黒子が無い。 (別人なのか?)
不審に思った彼は美容整形外科を虱潰しに当たることにした。 「そんなことをやってどうするんです?」
「黒子だよ。 ファイルの写真には黒子が無いんだ。 同一人物と決めつけるのは危険だよ。」 「でもそれなら自供が、、、。」
「自供が有るにしても簡単に逃がすわけが無い。 誤認逮捕だと思わせるにはこれしか無いんだと思う。」 「なるほどね。 警部補もたまにはいいことを、、、。」
奥平和正が部屋を出て行くのに合わせて芳太郎も部屋を出て行った。


