「遅い! あんたは貴族のお坊ちゃんか!」
「遅いって……十分も掛かってないだろ⁉︎ ……っていうか、その自転車どうしたんだよ⁉︎」

 アキラは横に自転車を携えて、待っていた。
 手に持っていた小さなスプレー缶を振りながら、オレに近づいて来る。

「腕、出して」
「へ?」

 オレが間抜けな声を上げている間に、スプレー缶の中身をオレの腕に吹きかけた。

「な⁉︎」
「虫よけ。まあ気休めだけどね」

 そのまま屈んで、両足にも吹きかける。
 スプレー缶をウエストポーチにしまうと、アキラは自転車に跨った。

「乗って」
「乗ってって……もしかして、自転車の荷台に?」
「他にどこがあんの? さっさとして」
「ちょっと待てよ、お前が運転するのか⁉︎ それにこんな夜中に、どこへ行く気なんだよ!」
「私が運転する。行き先は道々説明するよ、さあ早く乗って!」
「いきなり起こしといて、こんな夜中に自転車に乗れだ⁉︎ ふざけんなよ!」

 アキラは眉間に皺を寄せた。

「ごちゃごちゃ細かいこと、うるさいわね! 乗らないなら、力ずくで乗せるわよ!!」

 アキラの迫力に、オレはたじろいだ。
 昔もかなり気が強かったが、強引さが増した気がする。

 ここで取っ組み合ったら……体格的に言って、情けないけど負けるかも。

 それに……この必死さは……知ってる。
 あの日知りたかった答えが、分かるかもしれない。

 オレはしばらく考えたが、意を決して答えた。

「……分かった、行くよ。でもオレが運転する」

 女に運転させて、後ろに乗るなんて……男のプライドが許さん!
 たとえしばかれても、これだけは絶対譲れん!

「は? あんたが運転?」
「行き先さえ分かれば……だいたい、オレのほうが土地勘はあるんだ」
「別に土地勘なんていらないよ、一本道だし。そんなことより、大丈夫なの皓平? 結構距離あるよ?」
「行き先は?」
「とりあえず、駅まで」

 オレは耳を疑った。

「は? 駅⁉︎ お前、駅まで何キロあると思ってるんだ⁉︎」
「やっぱり、運転やめとく?」

 アキラは不敵にニヤリと微笑んだ。

 むかっ! こいつ!

「お前こそ、オレを乗せて駅まで行く気だったのか⁉︎」
「超余裕。凡人とは、精神も体の鍛え方も違いますから!」

 アキラは嫌味なくらい、ニッコリ微笑んだ。
 このやろー! 絶対、オレが運転しきってやる!

「いいから、お前が後ろに乗れ!」

 アキラはやれやれと頭を振ると、自転車から降り、オレに自転車を譲って来た。
 オレが自転車に跨ると、アキラは荷台に乗り、オレの腰に手を回して来た。

「うわっ!」
「何よ?」
「……な、何でもない、行くぞ!」
「大丈夫かなー? ホント……」

 もうこれ以上アキラのことで、オロオロしたくなかった。

 本当は腰に回されたアキラの腕の体温が、気になってしかたなかったが、オレはその気持ちを振り切るように、ぺダルを漕ぎ出した。
 

つづく