鋭い牙が薄い皮膚を突き破り、どくどくと脈打つ血管へと一直線に向かう。
 首筋で、はっと小さく息を飲む声が聞こえた気がした。


 牙をたてられているのに、不思議と痛みはなかった。
 かわりに、甘い痺れが全身を駆け巡っていく。


 吸血鬼は、吸血対象の体に負担がないように『甘い毒』である自身の唾液を流し込みながら吸血をする。
 けれどそれは、吸血対象を大事に思っていないとしない行為だ。


 甘く痺れるそれは、毒の量が多ければ多いほど快楽へと変わる。
 頭がぼうっとしてきた事実に、まだ冷静な部分が警鐘を鳴らした。


 血を全て飲み干されてしまうぞ! と。


 もう十分なはずなのに、まだ八雲くんは血を飲んでいる。
 本格的に、まずいかもしれない。
 私の体を巡る八雲くんの毒だけじゃなくて、八雲くんにとっても私の血は『甘い毒』だから。


「や、くもっくん……ッ!」


 分厚いレンズがなくなり、クリアな視界で目が合った、と思った時には赤く濡れる唇が重ねられた。

 自分の血が混ざっているから、けして甘いはずがないのに。
 世界で一番甘い果実を食べているのかと錯覚するほどに、甘い、甘すぎるものが口いっぱいに広がる。

 離れていく時、寂しさを覚えるほど。


 お互いに息が上がり、瞳も潤んでいる。
 そんな状態の八雲くんの色気は、凶器と言っていいほど。
 女神様だって、裸足で逃げ出してしまうくらい綺麗な笑みを浮かべて、私を見つめる八雲くん。


「──会いたかった、僕の花嫁」

「はな、よめ?」


 八雲くんから言われた単語の意味が、咄嗟には理解できなくて、無意識に同じ言葉を繰り返した。


「そう花嫁。──僕は血を飲んだら、生涯その人の血しか飲めない体質なんだ」


 またもや凶器のような色気を含む笑みを浮かべられ、私は頬が引きつる。


「…………へ?」

「だから、いま風花ちゃんの血を飲んだから、僕は生涯風花ちゃん以外の血は飲めないってこと」

「ええぇぇぇぇ!?」


 思わず叫べば、しーっと人差し指を当てられた。