「宝石泥棒?」

パトカーの中で警部は事件の一部始終を話した。

「今日のお昼1時半頃...今から1時間くらい前ですね。
夢中駅近くの宝石店で宝石を購入したご婦人が、店を出た途端にいきなりひったくりにあったんです。
たまたま私と警官が近くをパトロールしていたため、2人で犯人を追いかけました。
そして最終的に、とある喫茶店に犯人が逃げ込んだという事が分かったのです。
犯人は途中の道で宝石だけ抜いてバックは捨てていたのですが、宝石は所持しているはずなので誰が犯人かはすぐに分かると思いました」

そこで警部は店長に事情を話し、店内にいた店長も含む3人の持ち物検査と身体検査を行った。
しかし、誰も問題の宝石を所持していなかったのだ。

「途中で別の道に入ったとか、違う建物に逃げ込んだということはないんですか?」

状況を想像しながら侑芽は尋ねた。

「それはありません。しばらく犯人を追い回した後、追い込んだ道は住宅街の一本道で、私と警官で挟み撃ちをしました。途中誰にも会うことはなく、警官と合流したのです。そして、その一本道にある住宅以外の建物は例の喫茶店だけというわけです。
もちろん、抜け道で逃げられぬよう、近くの交番に出動要請をかけ、パトカーで近隣一帯を固めました。
念の為、近隣の住宅に聞き込みも行いましたが、犯人が住居に逃げ込んだ形跡はありませんでした。」

宝石を誰も所持していない以上、次は店内のどこかに隠した可能性が出てくる。トイレはもちろん、換気口の中など、犯人が宝石を隠しそうな所をくまなく捜索したが、ついにどこからも発見されなかったのだ。

「このままでは犯人を取り逃してしまいます。
証拠もないのにいつまでも店に居座り、容疑者を足止めはできませんので・・・。
盗まれた宝石は、今日から店舗限定販売の新作ジュエリーだったそうで、被害に遭われたご婦人は大変落ち込んでおられています。何とかして犯人を捕まえ、宝石を取り戻したいのです。
そこで越智先生の協力を賜りたく、こうしてお迎えに上がった次第です」

「状況はわかりました。私でよければ協力させていただきます」

侑芽は謙虚で余裕のある笑みを浮かべて答えた。
(ちなみにこれは、侑芽の好きな小説に出てくる探偵の真似である)


「ありがとうございます!越智先生が来てくだされば百人力ですよ!」

警部はホッとした顔でバックミラー越しに侑芽へ会釈する。

「ちなみに、盗まれた宝石って何なんですか?真珠?ダイヤモンド?」

「ダイヤはダイヤなんですが、正確にはブラウンダイヤモンドです。500円玉くらいの大きさのそれが埋め込まれたブローチが盗まれました」

「ブラウンダイヤモンド?何かどこかで聞いたことがあるような・・・」

首を傾げる侑芽に、隣にいるレムがコソッと耳打ちした。

「侑芽ちゃん、お母さんの正子さんの結婚指輪についている宝石ですよ。お父さんとの惚気話に出てくるでしょ?」

「あ、そっか。だからかぁ」

侑芽はアハハと軽い笑いを漏らした。
侑芽のお母さんが、うっとりとした表情で幾度となく話す、

「でね、お父さんはこのブラウンに輝くダイヤが散りばめられた指輪を差し出しながら、『君と一生を共にしたいんだ。結婚してください』ってプロポーズしてくれたの!ね、素敵でしょう?」

このエピソードに登場していたのが夢に反映されたらしい。侑芽はそれを思い出したのだ。
(そのエピソードが披露されるたび、お父さんが耳を真っ赤にして俯いている姿も一緒に思い出してしまったが)

「あ、着きましたよ。この店です」

警部がそういうと、窓の外に木造のログハウスのような建物が見えてきた。

ここが今回の現場である『Cafe&Bar カモミール』である。