「こちらの土だと、成長が著しいわ。ポイントは水はけの良さね」

 植物の成長過程を記録しながら、ソフィアが呟く。
 無事に研究者となったソフィアは、古都子が用意した固く痩せた畑に、品種改良した豆を植えて観察していた。
 古都子が卒業試験で見せた土魔法が、育成環境を区分けした試験場として、さっそく役に立っているのだ。

 ソフィアを女王へと推す貴族たちも多かったが、国王が次期国王として指名をしたのは、年の離れた弟のユリウスだった。
 というのも、ユリウスとユリウスの婚約者との婚姻が、うまくまとまったからだろう。

 ユリウスの婚約者は隣国の王女で、12歳も年下だった。
 8歳の王女が20歳のユリウスに一目惚れをして、その場でプロポーズをしたのが馴れ初めだ。
 それを可愛らしいと思ったユリウスが、成人しても気持ちが変わらなければ結婚しよう、と約束してふたりは婚約者になった。
 幼い少女の戯言か、それとも真摯な想いか。
 はっきりするまで、ユリウスの未来は不安定となった。
 
 しかし、このたび18歳になった王女より、正式に婚姻の申し込みが来た。
 十年の愛を貫いた王女とユリウスの結婚は、両国の架け橋となる。
 本人たちにそんなつもりはないだろうが、ふたりの恋物語は美談として多くの舞台で演じられ、その年のロングランヒットとなった。

 そんな叔父を心から尊敬しているミカエルが何をしているかと言うと、オラヴィと一緒に、ウーノが率いる兵団へ日参していた。

「よ~し! 今日も魔物と戦うぞ! ドーンと雷、落としまくるぞ!」
「ミカエル殿下、僕よりもヤル気に満ちてますよね」
 
 オラヴィは卒業後、そのままミカエルの近衛騎士になるかと思われたが、卒業式でソフィアを護れなかったことを悔いて、自らに厳しい再訓練を課した。
 それが魔物相手の戦闘だったのだが、より効率的に行うには、討伐を任されている兵団の兵士になるのが手っ取り早かったのだ。
 晴臣の紹介で兵団長のウーノと知り合い、オラヴィはそのまま入団する。
 近衛騎士という出世を蹴っての決断だった。
 そんなオラヴィへ、ミカエルは楽しそうだからと付いていく。
 そうすると必然的に、ミカエル専任の近衛騎士である晴臣も、兵団へ赴くことになった。
 
「お、どうしたハルオミ、古巣が懐かしくなったか?」

 兵舎ですれ違うたび、昔の仲間にからかわれる。
 晴臣にしたら兵団は安全な場所なので、自由奔放なミカエルをほぼ野放しにしていた。
 ただソフィアが、怪我をするのではと心配していたため、晴臣はオラヴィとミカエルを、常に護れる位置にいるようにしている。
 晴臣も初陣のときは、こうして周りに助けられた。
 今となっては、それも懐かしい。

 ◇◆◇

 国王は、オラヴィを恋い慕っているソフィアや、アンテロに似て自由人のミカエルには、王位は荷が重いだろうと判断した。
 オラヴィとソフィアは両想いだったのだが、身分差が邪魔をして婚約するのが難しかった。
 しかし、王位をユリウスが継ぐと決まったので、ソフィアは臣下への降嫁が可能になる。
 これでオラヴィが腕を鍛え直し、近衛騎士に戻ってくれば、国王はふたりの婚約を許可するつもりでいる。

 逆にミカエルは、物怖じしない性格を活かして、ユリウスに代わって外交を担当してもらおうと思っていた。
 いろいろな国の人と接し、広い世界を知って、成長して欲しいという国王なりの親心だ。
 それがミカエルに届くかどうかは、また別の話だが。

 国王は一番の悩みの種だったアンテロを、ホランティ伯爵に引き取ってもらえたことで、肩の荷が下りた顔をしていた。
 アンテロの進退去就は、先代国王時代からの、懸念案件だったのだ。

「兄さん、国王として私が手伝えるのは、ここまでです。今度、ホランティ伯爵を怒らせたら、もう知りませんからね」
 
 ふうと溜め息をつき、そう独り言ちた。
 そして情け深いホランティ伯爵へ手を合わせ、二度と足は向けられないと思うのだった。
 
 ◇◆◇

「晴くん、お帰りなさい!」
「ただいま、古都子」

 夕食をつくっていた古都子は、玄関の扉が閉まる音を聞いて、背後を振り返った。
 そこには仕事帰りの晴臣がいて、古都子にただいまのハグをする。

「兵舎でシャワーだけは浴びてきた」
「じゃあ、先にご飯にしよう。今日はハンバーグだから」

 肉が好きな晴臣のために、古都子はたくさんのハンバーグを焼いた。
 せっかくだから、温かいうちに食べてもらいたい。
 そんな古都子の気持ちが嬉しくて、晴臣は微笑んだ。

「いつも、ありがとう」

 晴臣の終業時間があいまいなので、毎日の夕食作りは古都子が担当している。
 そして休みの日になると、晴臣が朝昼夕と三食を作ってくれるのだ。
 兵団仕込みの豪快な晴臣の料理が、古都子は大好きだ。
 その場で作りながら食べる肉サンドイッチや、トッピング盛り放題の肉マッシュポテトなど。
 これらを食べて、晴臣の体が筋肉だらけになったのだと思うと、噴き出さずにいられなかった。
 
 食卓に皿を並べ、いただきますと手を合わせると、ふたりは食べ始める。
 
「今日ね、フィーロネン村から手紙が届いたの。シスコさんに赤ちゃんが生まれたんだって」
「お祝いを贈る?」
「こっちの世界って、何が喜ばれるんだろうね? またソフィアさまに相談してみようかな?」
 
 古都子は、フォークでハンバーグを一口サイズに切り分ける。
 中に仕込んだチーズが溶け出して、糸を引いているのを、ふうふうして慎重に口に運ぶ。
 じゅわじゅわした肉汁と、酸味のきいたトマトソースが、チーズのコクと絡み合う。

「ん~! 上手にできてる!」
「すごく美味い」
 
 古都子は幸せだった。
 目の前には大好きな晴臣、そして温かい会話と美味しい食事がある。
 こちらの世界へ飛んできたときは、想像もしていなかった未来だ。

「晴くん、私たち、こっちの世界でも、ちゃんとやっていけてるね」
「ん」
「ふたりとも人見知りで、環境に馴染むのにすごく時間がかかってたのに、成長したよね」
「ん」

 大きな肉塊を頬張ってしまった晴臣は、モグモグしていてしゃべることができず、古都子の問いかけに頷くことで同意を示す。
 そんな晴臣が可愛くて、古都子は笑った。

「ずっと仲良くしてね。私、晴くんと一緒にいられたら、それで幸せなんだ」

 ごくんと飲み込んだ晴臣が、やっと会話に参加する。

「それは俺もだ。古都子のいるところが、俺のいるところだ。これまでも、これからも」
「……っ、嬉しい」

 新婚なふたりを取り巻く空気は、ハンバーグのように熱々だった。

 ◇◆◇

 研究者としての古都子は、専門家と一緒にムスティッカ王国中の地層を調査して回った。
 地中をリサーチする土魔法で、地滑りが起きやすい場所を特定し、災害が起きる前に動きにくい土と入れ替えて対策をとった。
 これまでにも土使いはいたのだが、ここまでレベル上げをした土使いはおらず、土魔法がこのような使われ方をしたのは初めてなのだそうだ。
 かつてホランティ伯爵が驚いていたように、古都子の土魔法はかなり規格外だった。

「誰かの役に立つ能力があるって、すごい自信になるんだね。こっちの世界にきてから、そう思う機会が増えたんだ。だからね、私、こっちの世界で頑張れる。隣には、晴くんも一緒にいてくれるから」

 青い空を見上げて、古都子は日本の両親へ言葉を送る。
 届かないと分かっていても、送らずにはいられないのだ。
 古都子がいなくなって、悲しんでいるだろう両親を、偲ぶのを止められない。
 だからこそ幸せになろうと思う。
 今日も古都子は空に誓う。

「晴くんを幸せにして、私も幸せになる!」
 
 ◇◆◇
 
 近衛騎士としての晴臣は、外交を始めたミカエルに付き添い、他国の者とも接触するようになった。
 その中で、闇魔法を持つ晴臣を狙った他国の刺客と、熾烈な戦いを繰り広げるなど、物騒な目にも何度か合っている。
 よっぽど兵団にいた方が楽だったが、それでも帰る家には古都子が待っていると思うと頑張れた。
 日本だろうと異世界だろうと、晴臣にとっては古都子が中心だった。

「俺はどちらかと言うと、似ているのかもしれないな」

 ホランティ伯爵しか見えていなかったアンテロを思い浮かべる。
 晴臣がそうならなかったのは、古都子が晴臣に振り向いてくれたからに他ならない。
 小学校の高学年で、一度、古都子から線引きをされた。
 あの時、晴臣の中に、奇妙な揺らぎが生まれたのを覚えている。
 もしも古都子との関係が縮まらなかったら、その揺らぎを抱えた晴臣が、どうなっていたか分からない。
 
 だが、今それを考えても詮無いことだ。
 古都子は晴臣の隣で笑ってくれる。
 晴臣は古都子を全力で幸せにすればいい。
 晴臣の右足にはミサンガ、左胸には柊の冠――古都子の愛をもらった晴臣に敵はない。

「古都子、愛している」

 晴臣は古都子へ愛を注ぐ。
 今日も、明日も、明後日も――。