「へえ、面白いね。杖と詠唱に、そんな効果があるんだ」

 ハーカナ子爵を呼び出し、自ら尋問を行っていた王兄アンテロは、ニヤリと口角を持ち上げる。
 ユリウスによく似た銀髪と赤い瞳を持っているが、こちらは流麗というよりは酷薄だ。
 その証拠に、目の前のハーカナ子爵は震えあがっている。

「も、申し訳ありません! 魔物を召喚できると分かって、リリナからは杖を取り上げていたのですが! まさかリリナが杖を入手して、あの魔法を学園で使用するなんて、思ってもいなかったのです! すぐに勘当します! ハーカナ家とは縁を切ります!」
「それで許されるとでも思ってる? だったら頭が沸いてるな。危険な魔法をつかう者を匿う行為は、王家への反逆罪だ」

 ふふっと笑ったアンテロに、ハーカナ子爵は一気に顔を青ざめさせる。

「知っているんだぞ。お前はヒルダの領地に迷惑をかけた。僕がそんな奴を見逃すはずがないだろ」

 そしてアンテロはハーカナ子爵へ無情に告げる。

「全財産、没収だ。僕の研究費は、いくらあってもいい」

 腕組みをして言い渡された内容に、ハーカナ子爵は崩れ落ちた。

 危険な魔法をつかう者として、リリナの身元は王族預かりとなり、まもなく魔法学園を退学した。
 結月と違って魔力が残っているリリナは、野放しにはできないと判断されたようだ。
 突然、学園からいなくなったリリナに、その取り巻きたちは動揺したが、やがてその存在は忘れられていった。

 ◇◆◇

「この世界では、男性にどんな誕生日プレゼントを贈るのでしょうか?」

 顔を真っ赤にした古都子が相談している相手はソフィアだ。
 去年はミサンガを贈ったが、今年は何にしようか。
 そもそも一般的に、男性には何を贈るべきなのか。
 古都子はこちらの世界の常識を知らなさ過ぎた。
 
「去年は、お守りを贈ったんです」
「魔物の討伐に参加しているハルオミには、ぴったりね」

 うんうん、とソフィアが頷く。

「基本的に女性から贈るのは、手作りの物が多いわね。……コトコ、刺繍は得意かしら?」
「壊滅的です」
「ムスティッカ王国では、柊の冠をよく刺繍するから、それだけでも覚えてみない? もちろん私が教えるから」
「柊の冠……硬貨に刻まれている、あの模様ですか?」
「そうよ、柊の葉にはトゲがあるでしょ? 花言葉に『防衛』という意味があるの。この国の女性は、それを男性の肌着の左胸に刺繍して、心臓を護ってという願いを込めるのよ」

 へえ、と古都子は感心する。
 ソフィアに話を持ち掛けて良かった。

「教えてくれて、ありがとうございます。私、刺繍に挑戦してみます!」
「うふふ、明日から練習を始めれば、冬までには何とか形になるわ。刺繍糸は私がたくさん持っているから、コトコは針だけ用意しておいてね」
「分かりました。ソフィアさま、どうぞよろしくお願いします」

 丁寧に頭を下げる古都子に、ソフィアは最後まで、いい笑顔を崩さなかった。
 そして古都子と別れた後、ふたりの会話をソフィアの隣で聞いていたエッラは確認する。

「ソフィアさま、柊の冠の刺繍についてですが……あれは基本的に、既婚男性の肌着に刺すものですよ?」
「知っているわよ」
「それに意味合いも、微妙に違いますよね? この男のハートは私のものだから手を出すな、みたいな感じじゃなかったですか?」
「そうね、間違ってないわね」
 
 疑問符を飛ばしているエッラと違い、ソフィアの笑顔は深まる。

「まだコトコとハルオミは、恋人じゃないですよね?」
「もう恋人みたいなものじゃない。それに、牽制は早いに越したことないのよ」
「牽制ですか? それは誰に対してですか?」
「ハルオミは卒業と同時に、ミカエルの近衛騎士に抜擢されるわ。近衛騎士はほんの一握りだけのエリート、高位貴族でも腕がなければ就けない、栄誉ある職よ。そうなれば、これまでハルオミを相手にしていなかった令嬢たちが、砂糖に群がる蟻のようにやってくるでしょう」
 
 それこそ目の色を変えてね、とソフィアが付け加える。
 エッラはそれを想像しているようだ。

「蟻除けのための刺繍なんですね」
「コトコには特別に、トゲの鋭い柊の冠の図案を伝授するつもりよ。それを濃い深緑色の刺繍糸で刺してご覧なさい。たいていの令嬢は、目にしただけで尻込みをするわ」

 トゲの鋭さは、手を出したら反撃するという意味、色の濃さは、愛の重さを意味する。
 
「なるほど、先手必勝ですね!」

 エッラが納得して、手をぽんと打つ。
 そんな主従の会話があったと知らず、次の日から古都子は真面目に刺繍のレッスンを受けた。
 最初はハンカチの隅に、ソフィアの言う通りの図案を描いて、繰り返し針を刺して練習した。
 ある程度、柊の冠だと分かるレベルになったら、恥ずかしがりながら晴臣に肌着のサイズを聞き、購入した肌着へ実際に刺繍をし始める。
 ハンカチとは材質が違い、手間取る場面もあったが、古都子は願いを込めて針を布地にくぐらせる。
 
(晴くんの心臓を、護ってください)

 一針一針、大切に刺された柊の冠が完成する頃、空から雪が舞い始めた。
 この世界に、冬が来たのだ。

 ◇◆◇

「晴くん、お誕生日おめでとう!」

 古都子から手渡されたプレゼントは、柔らかな紙に包まれていた。
 青いリボンがかかったそれは、きっと晴臣の想像しているものだろう。
 一か月前、もじもじしている古都子から、肌着のサイズを聞かれた。
 そのときに晴臣はピンと来たのだ。
 きっと次の誕生日プレゼントは、手縫いの肌着だろうと。

「ありがとう。中を見てもいい?」
「うん、いいよ」

 にこにこしている古都子の表情から、上手にできたのだと分かる。
 晴臣も嬉しくなって、そっとリボンを解いた。
 中から現れたのは、やはり肌着だった。
 しかし――。

「え……これ」

 ガタガタしていない真っすぐな縫製は、明らかに古都子の手縫いではない。
 だが、問題は肌着ではない。
 左胸に刺繍された、おどろおどろしい柊の冠だ。
 鋭いトゲを数多と振りかざし、どす黒い深緑色の糸で刺繍してあるそれ。
 刺繍糸の色を選んだのは、もちろんソフィアだ。
 晴臣は、既婚者も多い兵団に所属しているので、トゲや糸の色の意味を知っている。
『私の男にちょっかいを出したら承知しないぞ』というニュアンスだったはずだ。
 
「古都子、この刺繍の意味、知ってるか?」
「もちろんだよ。晴くんのここを、しっかり護ってくれるように、気持ちを込めたからね」

 そう言って、古都子は心臓に手を置く。
 ちょっと意味を勘違いしているらしい古都子が、晴臣には可愛く思えた。
 
「嬉しい。大切に着るよ」
「よかったら、晴くんが肌着を買い替えるたびに、刺繍するよ。せっかく覚えた刺し方を忘れないように、定期的に繰り返したいから」

 晴臣は古都子の提案を受け入れる。
 そして晴臣の肌着の全てに、柊の冠が刺された頃、ふたりの学年は上がり、三年生になっていた。

 ◇◆◇

「坊主、洒落た肌着じゃないか」

 軽鎧から着替えていた晴臣は、兵団長ウーノに声をかけられた。
 これまで兵団の仲間にも、さんざん突っ込まれた柊の冠が刺繍された肌着を、ウーノは面白そうに見ている。

「いつの間に既婚者になったんだ?」
「まもなくです」

 恥じらいも見せずにキッパリと言い切る晴臣に、ウーノは腹を抱えて笑った。

「ふはっ、強くなったな。真っすぐな顔付きをしている。それでこそ男だ」
 
 どんと背中を叩かれ、それがウーノなりの寿ぎだと分かる。
 晴臣は感謝を込めて、ウーノへ頭を下げた。
 心はもう決まっている。
 今年の古都子の誕生日プレゼントは、指輪にしようと思っていた。

「ウーノ兵団長、求婚するときの指輪って、どこで買えばいいんですか?」
「おい、独身の俺に、それを聞くのか? 酷ってもんだろ、そりゃ」

 苦笑いをしながらも、面倒見のいいウーノは、王都の大通りに面した宝飾店を教えてくれる。

「坊主のことだから、これまでの報酬も、あんまり使ってないんだろう? だったら、ちょっと大きな宝石がついてる指輪も、この店なら買えるだろうよ」
「ありがとうございます。行ってみます」

 さっそく晴臣は、帰り道に件の宝飾店へ立ち寄り、その場で指輪を購入した。
 あとは古都子へ渡すときの、言葉を考えるだけだ。