「何がどうなっているんだ?」

 あまりの惨状に、ユリウスは頭を抱える。
 この学年の引率をしていると、なぜか無事では終わらない。

「海の怪物が、金の杖を欲しているのです」
「でもリリナさんは、それを手放したくないみたい」

 古都子とソフィアの説明により、ユリウスも現況を把握する。
 ぎゃあぎゃあと喚くリリナと、それを大人しくさせようとする海の魔物。
 いつの間にか多くの生徒も集まり、砂浜は大混乱となる。

「ここは、ソフィアとミカエルの合わせ技でいこう。ソフィア、海草を出してリリナの手を覆って」

 ユリウスの指示に従い、ソフィアは草魔法を発動する。
 リリアが金の杖を握る手に、シュルシュルと昆布のようなものが巻き付いた。

「なによこれ! ヌメヌメするんだけど!?」

 リリナの苦情をソフィアは無視する。

「ミカエル、あの海草を狙って小さな雷を撃ちなさい。決して、手には当てないように」
「難しいなあ。ドーンとぶっ放すのが好きなんだけど」

 しぶしぶミカエルは指先に、静電気ほどの雷を起こす。
 大暴れしているリリナを目がけ、それをぽいっと投げた。

 バチバチバチッ!

「あ、熱い!」

 雷の起こした熱によって海藻の水分が蒸発、驚いたリリナが握っていた手を開いた。
 金の杖は、ぷすぷすと煙をあげる海草と一緒に、ぼちゃんと海の中へ落ちる。
 海の魔物はすかさず金の杖を拾い上げ、嬉しそうに撫でまわす。
 そしてリリナを放り出した。

 無造作に浅瀬へ捨てられたリリナは、叫びながら起き上がる。

「返しなさい! それは私のよ!」

 しかし、お目当ての金の杖を手にした魔物は、すでにリリナへの興味を失っている。
 そして長い触腕を、そっと砂浜に伸ばした。

「え? 子どもがいる?」

 今まで誰も気がつかなかったが、大きな魔物の腕の先端に、小さな魔物がよじ登ろうとしている。
 大きさはまったく異なるが、姿かたちは同じだ。
 小さな魔物は手の中に抱えた髪飾りとブレスレットが邪魔をして、なかなか大きな魔物の腕に掴まれない。

「あ、待って! それはもしかして!」

 古都子は、小さい魔物へ駆け寄った。
 そして間近で確認して、それが晴臣からもらった誕生日プレゼントだと分かる。

「どうしてここに? ちゃんと荷物の中へ仕舞ったはずなのに……」

 顔色を青くする古都子の横から、すっと晴臣が前に出た。
 そして小さな魔物へ、一枚の金貨を差し出す。

「これと交換してくれないか?」

 果たして魔物に言葉が通じるのかどうか。
 生徒たちが息を飲む中、小さな魔物は手の中の髪飾りとブレスレットと、晴臣が提示する金貨を何度も見比べる。
 髪飾りとブレスレットは砂にまみれ、巾着から取り出されたばかりの金貨のほうが、より輝いて見えたのだろう。
 小さな魔物は髪飾りとブレスレットを、晴臣に差し出した。

 おおお!

 どよめきが起きる中、髪飾りとブレスレットを受け取った晴臣は、小さい魔物が伸ばしている腕へ金貨をのせる。
 丸い金貨をたくさんの手で嬉しそうに抱き締めた小さな魔物は、大きな魔物の触腕に絡めとられると、静かに海の中へと帰っていった。
 
「いい話だなあ」
「何を言っているのよ、ミカエル。これは事件よ?」

 ミカエルを注意しているソフィアの言う通り、海の魔物がこんな浅瀬に現れたのは大事件だ。
 わいわい騒いでいる生徒たちと、暴れているリリナを落ち着かせているユリウスと、場は混迷していた。
 そんな中で、晴臣は古都子へ、髪飾りとブレスレットを返す。

「泣かなくていい」
「ありがとう……晴くん。もしかして、失っていたかもしれないと思うと……」
 
 これは大切なものだから、と古都子は嗚咽をあげて泣きじゃくる。
 晴臣はそんな古都子の泣き顔を、ほかの生徒から隠すように抱き寄せた。
 背中をさすり、古都子が落ち着くまで、晴臣はそうしていた。

 生徒たちの動揺を考慮して、体験学習はその時点で打ち切られた。
 それにショックを受けたのはミカエルだったが、おそらく諸悪の根源もミカエルなので、ソフィアは慰めないことにした。
 こうして、二年生のメイン行事は幕を下ろしたのだった。

 ◇◆◇

 古都子たちは、図書室でレポートをまとめていた。
 海での体験学習が中途半端なまま終わってしまい、不明なところは本の知識で補うことになったのだ。
 せっかくなので古都子は、海で出会った魔物について書いている。
 親子で目撃される例は少なく、できるだけ覚えている内容を文章にして残そうと思った。
 
 そんな中、ユリウスからの呼び出しがかかる。
 古都子と晴臣、ミカエルとソフィア、オラヴィとエッラは教務室へと向かう。
 きっと聞かれるのは、体験学習で起きた出来事に関してだろう。
 なにしろ、リリナが襲われている場面に、真っ先に駆け付けたのはこの六人だ。
 
「ユリウス先生、失礼します」

 ソフィアが声をかけると、中から扉が開かれる。
 そうして招き入れられたユリウスの教務室では、やはり予想していた通り事情聴取が始まった。

「君たちが見たことを、そのまま話して欲しい」

 ユリウスはペンを持ち、書きつける姿勢をとっていた。
 話す役を買って出たのはソフィアだ。

「私たちは波打ち際で、海の生きものを観察していました。そうしたら、後方から叫び声というか呻き声が聞こえたんです」

 残りの五人が、頷いて同意を示す。

「声の方を振り返ると、大きなイカがいました。そしてその腕に、リリナさんが囚われていたのです」
「そのときにはすでに、魔物はそこにいたのだね?」

 ユリウスの質問に、今度は六人が頷く。
 
「私たちは近くへ駆け付け、リリナさんを救出できないかと考えました。コトコが、あれは海の魔物だと教えてくれて――」
「なるほど、そして私が見た場面へ繋がるのか」

 ユリウスがペンを置いて顎を撫でる。
 そして古都子へと視線を移す。

「コトコ、君の髪飾りとブレスレットが現場にあった。あれはそもそも、どこにあったものだろうか?」
「ジャージに着替えた部屋です。ハンカチに包んで、荷物と一緒にしていました」
 
 あれから何度も記憶を辿ったから間違いない。

「実はね、そのハンカチを盗んだ者がいる。こんな事態になって、怖くなったのだろう。私に自訴してきたんだ」

 ユリウスが身を乗り出し、小さな声で続きを話す。

「その者は、リリナに唆されたと言っている。コトコ、リリナの恨みを買った覚えはあるか?」
「あ、ありません」

 以前、牽制の意味で釘を刺されたことはあるが、リリナとの接触はその程度。
 中学生時代は、晴臣を巡ってトラブルもあったが、それも今は昔だ。
 首を横に振る古都子に代わり、オラヴィが手を挙げて発言をする。

「ユリウス先生、僕は見ました。リリナ嬢がコトコへ対する悪態をついているところを」
「それはいつ、どこでだった?」
「海行きの列車内です。リリナ嬢と一緒に座っていたミカエル殿下が、コトコたちの席へ移動した際に、コトコがどこまでも邪魔をすると罵っていました」

 古都子はきょとんとしている。
 邪魔をしたつもりがないのだから、当然だろう。

「ふむ。この場合、悪いのは女心を理解していないミカエルだね。リリナはコトコを、恋のライバルと思ってしまったのだろう」
「えええ!? そんな馬鹿な……」

 ミカエルは、尊敬しているユリウスに手厳しく指摘され、オロオロしている。
 ソフィアが大袈裟に溜め息をついてミカエルを叱った。

「だから言ったでしょう、リリナさんとは関わり合うなと。もっと王族としての自覚を持ちなさい。甘い言葉に簡単に騙されて、いい様に利用されるばかりじゃ駄目よ」
「だって、海の話が聞きたかったんだよ……」
「その結果、どうなったの?」
「コトコに迷惑をかけた……」

 ミカエルはすっかりしょげてしまった。
 
「コトコ、ごめん。俺が至らないばっかりに」

 頭を下げるミカエルに、古都子は慌てる。
 
「いいえ、ミカエルさまが悪いとは思っていません。泉さんは、その……以前からそういう傾向があったというか」
「そうよ、一年生のときから、なぜかコトコを敵視していたわ」
「……実は、この世界に来る前からなんです」
「まあ! そうだったの」

 古都子とソフィアのやり取りを聞いていたユリウスが、書付けを見ながら零す。

「リリナの悪意はこれで確定だな。本人はだんまりを決め込んでいるから、いよいよハーカナ子爵を呼び出すしかない。海の魔物がどうしてあの場所に現れたのか、手がかりが見つかるといいのだが」