「古都子ちゃんって、黒柳くんのこと好きなの?」

 悪気はなかったのだと思う。
 女の子は恋の話が大好きだ。
 何をきっかけに始まったか分からない、そんないつもの休み時間の話題に、意中の晴臣のことが持ち出された。
 まだ誰にも心の内を打ち明けてなかった古都子は、恥ずかしくて思い切り否定した。

「そんなことないよ! たまたま、幼馴染だから一緒にいるだけ!」
「あらあ、残念だったわね、黒柳くん。古都子ちゃんは、好きじゃないんだって」

 古都子の背後に、晴臣が立っていた。
 真正面にいた友だちには、晴臣の姿が見えていたのだろう。
 古都子と晴臣をくっつけようという、魂胆があったのかもしれないが、とんだありがた迷惑になった。
 全身の血が、ざあっと音を立てて下に流れた気がした。
 ばっと振り向くと、いつもと変わらない、無表情の晴臣。
 でも古都子は、そこに悲しみの色を見つける。

「あ、その……」

 何か言い訳をしないと。
 そう古都子が慌てているうちに、晴臣は何も言わずに立ち去った。
 それ以来、晴臣は古都子に一線を引くようになった。
 あくまでも友だちの態度を保って、古都子が女の子といる場面では近づかない。
 困ってそうなときだけ、そっと手を差し伸べる。
 そんな関係になってしまった。
 
(もっと無邪気に、いろいろ話し合う仲だったのに……私のせいで)

 滅多にないが、古都子と一緒にいると、晴臣は口角を持ち上げることがあった。
 数少ない晴臣の笑顔は、古都子にとって宝物だったが、それも失ってしまった。
 それ以来、古都子もあくまでも友だちとして接してきたが、ここに来ていろいろと頭を抱えている。

(もっと泉さんみたいに、自分に自信が持てたらな……)

 リリナ本人に聞いたわけではないが、自分の外見に自信がなければ、あそこまであからさまに言い寄ったりはしないだろう。
 古都子にもリリナ並みの容姿があれば、誰に遠慮することなく、晴臣が好きだと言えたかもしれない。
 年齢が上がるにつれて、晴臣との間にあるギャップに、古都子は悩んでいた。
 クラスの中心にいるわけではないのに、誰からも尊敬のまなざしで見られる晴臣と、目立たず騒がず隅っこにいるのが落ち着く古都子。
 存在自体が地味な古都子が晴臣を想うなんて、分不相応なんじゃないかと。
 
(本当は好きなくせに、私ってひねくれてる)

 もう答えは出ているようなものだった。

(私にも何かないかな。自己肯定感を上げるようなものが)

 うんうん唸りながら考え込んで歩いていたせいか、古都子は廊下で運悪く結月に捕まってしまう。

「ちょうど良かったわ、理科実験室の片付けに人手がいるのよ。白土さん、すぐに行ってちょうだい」
「え……は、はい、分かりました」

 昼休みも終わりそうだと言うのに、なぜか用事を言いつけられてしまった。
 そして古都子は、こういう頼みを断れない。
 もちろん結月はそれを見越して声をかけているのだ。
 古都子は足早に、理科実験室へ向かう。
 そしてそこで思いがけず、晴臣とリリナが二人きりでいる姿を見つけた。

「ねえ、黒柳くん、学校じゃないとこでも会いたいな。どんな私服を着てるのか、気になるんだもん」

 片付けに駆り出されたのは、古都子だけではなかったようだ。
 理科実験室の中からは、晴臣をデートに誘っているリリナの声が聞こえた。
 リリナは晴臣のそっけない返事にもめげず、あれからもずっとアプローチを続けている。
 ここでふたりの間に入っていくのは、かなりの勇気が必要だったが、それでも古都子は決行する。
 嫉妬心が抑えきれなかったのは否定できない。

「やだ、白土さん、何の用? 実験の後片付けは、私と黒柳くんが任されたのよ?」

 邪魔をされてリリナは口をとがらせているが、試験管を洗っている晴臣とは違って、その手には何も持っていない。
 片付けが長引くほど、晴臣と一緒に居られる口実になるのだから、リリナが手伝うはずがなかった。
 古都子は晴臣の隣へ行き、試験管ブラシを手に取った。
 そして無言で洗い始める。
 
「あ~あ、興ざめしちゃう。せっかく黒柳くんといい感じだったのに」

 ふてくされたリリナは、どかっと椅子に座り、細い脚を大仰に組んだ。
 ちらりとスカートが捲れてショーツが見えそうになり、古都子はドキッとしたが、晴臣はそちらを気にもしていない。
 手元の試験管を割らないために、意識をそこへ集中している様子だった。
 
「ありがとう」

 ぼそりと、晴臣から礼を言われる。

「いいよ、結月先生に言われて、来ただけだから」
「ん」
「なんか、久しぶりだね。こうして話すの」
「ん」
「元気してた?」
「ん」

 他愛のない挨拶程度の会話だが、それでも古都子には嬉しかった。
 心なしか、晴臣の顔も明るく、返事の「ん」も弾んで聞こえる。
 古都子は洗った試験管を、次々と試験管立てに並べていく。
 すでに晴臣もかなり洗っていたが、まだ試験管は残っていた。

「前の時間、何の実験をしたんだろうね? この数、多すぎない?」

 古都子が疑問を口にしたと同時に、理科実験室へ結月がやってきた。

「ちょっと、まだ終わらないの? 次の授業が始まっちゃうじゃない!?」

 いつもよりイライラした口調に、リリナが整えた眉をひそめる。
 そして大胆不敵にも、結月へと言い返した。

「結月先生~、年下の彼氏と別れたからって、生徒に八つ当たりするのは止めてくださ~い」
「な、なんで!? どうしてそれを、知ってるの!?」
 
 狼狽える結月を面白がって、リリナがクスクスと笑う。

「SNSには、鍵を付けた方がいいですよ? 誰に見られてるとも知れないんだから~」

 リリナはそう言って、自分のスマホの画面を結月の方へ向ける。
 見せられた画面に心当たりがあるのか、あっと叫んだ柚木は、慌ててリリナへ駆け寄った。
 
 そして、足元にあった何かに躓く。
 結月が倒れ込む瞬間、理科実験室いっぱいに白い光が広がる。
 それに続けて大きな音と爆風が、古都子を襲った。
 直前、晴臣に庇われた気がする。
 だが、何もかもを吹き飛ばすほどの威力に対して、それは抗力とはならなかった。

「――!」

 晴臣に名前を呼ばれたが、かき消されて聞こえない。
 古都子は咄嗟に手を伸ばし、晴臣を掴もうとしたが――。

 それは虚しく空を切り、古都子の意識は暗転したのだった。
 
 ◇◆◇

「ここ、どこ?」

 古都子は、大空を見上げていた。
 どうやら寝そべっているらしい。
 肘をついて体を起こして、古都子はひゅっと息を飲んだ。

「ここ、どこ……」

 そして同じことを呟く。
 今度はもっと、現実味を帯びていた。
 遠くまで田園が広がる風景に、まったく見覚えがない。
 右端から左端まで、隈なく見渡すが、古都子以外には人気がなかった。

「なんで? 理科実験室にいたはずなのに……こんなに飛ばされるってこと、ある?」

 古都子が通う中学校の周辺は、こんなにひなびてはいない。
 まるで田舎の祖父母宅に、遊びに行ったときのような光景だ。
 
「どうしよう。どうしたらいい?」

 取りあえず立ち上がり、太陽の位置を見る。
 まだ夕暮れには間がありそうだが、暗くなる前に誰かに会えるだろうか。
 理科実験室で起きた爆発が、すでにニュースになっているかもしれない。
 大人の人に事情を話して、助けを求めよう。
 制服についた土を払い落とすと、古都子は上履きのまま歩き出した。
 
 とにかく人のいる場所に出よう。
 赤土のでこぼこした畦道をたどると、それが大きな道へと繋がっていた。
 田畑に沿って、緩やかなカーブを描き、どこまでも続いている。
 焦る気持ちを抑え、古都子は歩を進めた。

 ときおり大樹が木陰をつくっていて、そこで休憩を挟む。
 喉が渇くが、飲み水はない。
 滴る汗を拭い、また歩き始めた古都子の目が、遠くに動く何かを見つけた。
 はっきりとはしないが、荷馬車のようだ。
 古都子は、声の限り叫ぶ。

「助けてください!」